32「そうか……。その手があったか……」
僕は家に帰るとすぐ、自室に閉じこもった。
母さんから色々と聞かれはしたが、何とか誤魔化した。ほみかも、階段から転んだだけと言い張る以上――母さんも何も言えなかったのだろう。僕は、部屋に入るなりすぐ勉強机に座った。
勉強するためではない。ヤンデレ病について調べるためだ。
昨日、デパートで買ったヤンデレ病についての考察本を広げる。『ヤンデレ病――その狂気と悲劇』と大げさなタイトルがついた本だ。僕はページをパラパラとめくった。
まずヤンデレ病というのは、うつ病や精神疾患のたぐいではない、と作者からの念押しがあった。
『日常生活を送る上で、愛されたいと願う欲求は、誰にでもある。誰かを愛したいという気持ちも。ヤンデレ病というのは、それらの気持ちが常人よりも強まってしまう病気である。それは、インフルエンザのようにある日突然かかってしまうものではない。むしろ生活習慣病のように、長年の積み重ねによって徐々に発症してしまうものなのだ』
声に出して読んでみる。つまり、りおんは突然ヤンデレになったのではなく、日々の積み重ねによって少しずつヤンデレになっていったというわけだ。しかし、僕が知りたいのはそんなことではなかった。
さらにページを読み進めてみる。
ヤンデレは大きく分けて二種類ある。『独占型』と『依存型』だ。独占型とは、文字通り愛する者を独占しようとし、周りの異性を全て排除しようという、攻撃的なヤンデレだ。好きな人を監禁したり、周りの女の子に怪我をさせたり……。ふと昔見たアニメで、ヒロインに主人公が惨殺されるというアニメを思い出した。あれが俗にいう独占型だったのだ。
次に、依存型について見てみる。依存型というのは、対象に依存し、「あなた無しでは生きていけない」と考えるヤンデレだ。常に対象を思い、執着し、粘着する。ストーカーになりやすいのはこのタイプだそうだ。生き方、あり方。全てを相手に信託するため、自分のものにならないとわかったら、相手を殺して自分も死ぬといった行動をとる。そういった人間が多いらしい。
なるほど。りおんは、どちらかというと独占型になるか。ほみかのお弁当にお茶をかけたり、靴の中に砂を入れたり、階段から突き飛ばしたり。僕の周りにいる女子を、次々と消していこうという企みなのだ。そして僕自身も支配化に置き、りおんのことしか目に映らないようにする。それが狙いだ。
しかし、こんなことが分かったからといって、具体的な解決にはならない。僕はページをパラパラとめくると、『ヤンデレの対処法』と書かれた項目を見つけ、手を止めた。そして食い入るようにそのページを凝視する。
『具体的なヤンデレの対策方法というものは存在しない。ヤンデレに愛された者の末路は、殺害されるか、一生監禁されるかのどちらかである』
そんなことが書かれてあった。僕は愕然とした。つまり選択肢としては、りおんに殺されるか、一生飼い殺しにされるか、二つに一つということだ。どちらがいいのか、なんて考えるのもバカらしい。
しかし、本当にそうなんだろうか。本当に、それしかないんだろうか。本を読んでる限りでは、ヤンデレというのは愛情が深いだけで、それ以外は普通の女の子となにも変わらないように思える。
ならば、りおんを救う方法だってあるはずだ。
最後のページをめくってみた。
そこには、こう書かれてあった。
『ヤンデレというのは、ただ一人に無償の愛を捧げ、その人を奪おうとするものを徹底的に排除するものである。しかし、きっかけを作った相手と、本人の愛をもってすれば、ヤンデレ病を治すことも可能ではないだろうか』
最後の文字を読み終え、僕は本を閉じた。
結局、何の収穫もなかったと言っていい。「解決方法はありません」で締めくくるのもなんだし、ラストは希望を匂わせる終わり方にしよう――そんな一文に思えてならなかった。
僕は本を乱暴に棚に戻すと、ベッドの上に寝転がった。明日もまたりおんは、家に押しかけ登校しようといい、お昼も一緒に食べようと誘ってくるだろう。
そして――放課後には、告白の返事を催促してくるだろう。
そう、明日はりおんとの約束の日だった。
「約束……? 待てよ?」
僕は、ガバッと跳ね起きると、勉強机を見た。
さっき棚に戻した、ヤンデレ病の考察本が見える。隣には――。
「そうか……。その手があったか……」
僕は、立ち上がるとその本を手に取った。




