30「いやあ~~~~っ!! 下ろせ~~! このバカ兄貴――!」
結論から言うと、ほみかの怪我は大したことなかった。
保健室の先生の判断では、軽い脳しんとうということだった。
ちなみに血を流していたのは、額を少し切ったからだそうだ。
「でも、脳しんとうは数日経って症状が出ることもあるから。油断はしないで、数日は安静にするようにね」
養護教諭が、ほみかの額にガーゼを貼りながら言った。
結局、ほみかは先生に「足を滑らせて階段から落ちた」と説明したらしい。
他に目撃者もいないので、今度から気をつけようねという話になっている。
しかし僕は、これは何者かの犯行だと思ってる。
そして……犯人が誰なのかも、分かってる。
ベッドの上で先生の手当てを受けるほみかが、目だけをこちらに向けて言った。
「なによー! バカ兄貴ー! ホントになんでもないんだってー! 飼い主に放置されて寂しがってるブルドッグみたいな顔しないでよ!」
(お兄ちゃん! ほみかは大丈夫だから! そんなに心配しないで!)
「……ほみか。本当に転んだだけなの?」
僕がそう尋ねた。ほみかは注意深いし、運動神経もいいほうだ。階段から落ちるなんてことは、まず考えられない。
ならば、突き落とされた? 誰に?
ほみかが、その人物を庇っているのなら、僕はその名を、どうしても聞きださなければならない。
「いや……だから、そう言ってんじゃん。やっぱバカ兄貴ねー。頭打ったあたしよりボケてるわ」
(うん……ほみか、階段を下りてたら、後ろからドンって押されたの)
ほみかは呆れたように言う。
しかし心の中では、真面目に打ち明けてくれている。
「よく思い出して、ほみか。後ろから誰かに……とか。そういうことはなかった?」
「だから、ないっていってんじゃん! バカ兄貴しつこい!」
(ビックリして、誰の顔かなんて覚えてないよ。でも、チラッとだけピンクの髪が見えたような気がした。もしかして、りお姉が……? ううん、そんなことないよねっ。だからお兄ちゃんも、これ以上聞かないで!)
ほみかは、心の中でハッキリと拒絶の意思を見せた。
こういう時は、何も詮索しないほうがいい。
しかし、ほみかの心の声を聞いて僕は確信した。
りおんだ。
りおんに、違いない。
「透君。そこまでにしておきなさい。妹さんは頭を打ってるんだから、これ以上混乱するようなことは言わないように。まあ、これだけ喋れるんだから大丈夫だとは思うけど……。明日にでも病院に行って、CTスキャンを受けさせてあげてね」
「はい、わかりました。先生、本当にどうもありがとうございました」
僕は先生に深々と頭を下げた。
そして、ほみかに向かって声をかけた。
「ほら、帰るよ。ほみか」
僕が手を差し出すと、ほみかは猫みたいにフーッと威嚇した。
「な、なによ! その手は! 何であんたと手を繋いで帰んないといけないのよ!」
(ううぅぅ……。お兄ちゃんと手を繋いで帰りたい! でも、先生の見てる前だし……恥ずかしいよお)
「いや、だって。お前頭打ってるでしょ? 帰宅途中、車に轢かれたら危ないからさ。僕が手を貸してあげるよ」
僕がそう言うと、ほみかはプイッと横を向く。
「い、い、嫌! そんなの、クラスの子に見られでもしたら発狂しちゃう! 手をつなぐのは嫌! 並んで歩くのも嫌! 松葉杖ついてでも、一人で帰る!」
(見せつけたいいいいい! ほみかとお兄ちゃんが仲いいところおおおお!)
――松葉杖ついて帰るほうが目立つと思うけどな。
まあ、そんなツッコミしてても仕方ないしな。
「よし! わかった!」
僕はほみかの手をつかむと、強引に背中の上に乗せた。
「えっ!? えっ!?」
慌ててほみが、僕の肩に手を回す。
これなら、手をつないでないし、並んで歩くことにもならない。
「さあ、帰るよ。ほみか」
このまま、ほみかをおんぶして帰ることにした。
「い、い、い…………」
すると、案の定ほみかは顔を真っ赤にして……。
「いやあ~~~~っ!! 下ろせ~~! このバカ兄貴――!」
恥ずかしさのあまりか、ほみかの大絶叫が保健室中に響き渡ったのだった。




