29「ほみか……、一体、どうして……」
放課後。僕はほみかのいる一年の教室へと向かった。
生徒達が掃除をしている、ほみかの姿はない。僕は一番近くにいた生徒にそのことを尋ねた。
スポーツ系の部活でもやっているのだろうか。背が高く肩幅も広いその男子生徒は、気のいい笑顔を向けてこう答えた。
「ああ、妹さんならもう帰ったっスよ。教室から出て行くところを見たっス」
「そうか。ありがとう」
僕は男子生徒にお礼を言うと、踵を返した。彼は「ウッス」と大きな声で返事をすると、教室に戻っていった。
昇降口へと続く階段――を降りながら、僕はまたりおんのことを考えていた。
明日で、りおんと約束した三日目になる。明日には、僕は彼女の告白の返事をしなければならない。
正直に言うと、まだ答えは決めてない。それどころか、りおんへの態度すら決めかねてる状況だ。
どうやったら、ヤンデレ病を治せるんだろうか。それだけを考えていた。一番いいのはお医者さんに見せることだろうけど、りおんが納得するだろうか。
「はあ……憂鬱だな」
僕は、明日のことを考えるとため息をついた。
りおんの告白を断れば、どうなるだろうか。まず、ほみかが危ない。りおんはほみかのことを嫌っているのだから。これまで以上に嫌がせはエスカレートしていくだろう。緩和するなんてことは、絶対にないはずだ。最悪警察に通報するという手段もあるけど、僕もほみかも嫌な気分になるので、それだけはしたくなかった。特にほみかにとっては、七年ぶりに再会した幼馴染なのだ――しかも実の姉のように慕っていた――最悪の展開だけは避けたい。
ならば、どうする? りおんの告白を受けるか? 恋人同士になるか?
これもまたよくない話だ。
確かに、りおんは学園でもアイドル的存在だし、勉強はできるわスポーツはできるわ家事はできるわと、とにかく完全無欠の美少女なのだ。なら、なぜそれがよくない話なのかというと、理由は二つ。
一つは「愛情が重たすぎる」からだ。
何しろヤンデレ病を患っているのだ。いつどのタイミングで発症してしまうのかもわからないし。
りおんの告白を受ければ、正式な彼氏彼女になる。そうなってしまえば、これまで以上にりおんからの求愛は激しくなってしまうだろう。ほみかや、アリサさんと会話することさえ、禁止させられるかもしれない。
二つ目の理由は、ほみかやアリサさんが悲しむということ。特にほみかは、僕とりおんが結ばれたら自殺をしてしまうんじゃないだろうか。そのくらいあの子はブラコンだからなあ。アリサさんにしても心の中は信じられないくらいネガティブだから、真の人間不信になってしまうかもしれない。まさに「あちらを立てればこちらが立たず」状態なわけだ。
自分でも贅沢な悩みだということはわかってる。しかし、選択を誤れば僕だけならまだしも、ほみかやアリサさんも危険な状況に陥ってしまうのだ。
できれば誰も傷つけたくない。りおんもほみかも。それが一番なのだが。りおんの告白を受けても断っても、誰かが傷つく。いや、傷つけなくてはならない。
それが、僕にとっては憂鬱だった。
そんなことを考えながら、二階まで降りてきた時だった。
下の階から悲鳴が聞こえてきたのは。
いや、悲鳴というのは正確ではない。せいぜい女子がよく出す甲高い声レベルだ。男子が時々ふざけて女子にイタズラをした時に出すような。そんな程度の大きさだったように思う。
しかし僕は、その悲鳴を聞いて、すぐに階段をどかどかと駆け下りた。
確証はなかったけど、あれがほみかの悲鳴に聞こえたのだ。
急いで走ったので、他の生徒にぶつかる。気をつけろよと怒鳴られる。しかし僕は、そんなことまで気にしてる余裕はなかった。
そして、ほとんど転がるようにして一階まで駆け下りた時。
僕は、思わず息を飲んだ。
「ほみか……、一体、どうして……」
ほみかは、階段の一番下で、倒れていた。
頭から血を流しながら。




