28「……神奈月さんらしいですね。いいですよ、好きにしてください」
「……神奈月さん? 大丈夫ですか?」
僕は、アリサさんの声を聞いてハッとした。
どうやら、少し思い出に浸りすぎていたようだ。アリサさんとの出会い、そして仲良くなるまで。昔から今に時間が引き戻される。
「……どうしたんですか? ボーッとしてるのはいつものことですけど。ご飯を食べてる時でさえ寝ぼけてしまうようになったんですか?」
(……神奈月さん。具合でも悪いんでしょうか。私、心配です)
憎まれ口を叩きながらも、アリサさんは僕の事を気にかけてくれる。
こうして考えてみると、初対面時はろくに口も聞いてくれなかったのが、まるで嘘みたいだった。まあ、今でも僕以外の人とは全然喋ろうとしないんだけど。それでも、一人の友達もいなかった頃に比べたら、断然ましになったといえるだろう。
「ああ、大丈夫。体調が悪いわけじゃないから」
僕は心配そうに顔を覗きこんでくるアリサさんに、両手を振りながら言った。
「ちょっと、昔のことを思い出してただけさ」
「……昔のこと、ですか。女の子と食事してるのに、他のことを考えるなんて。失礼な方ですね」
(……もしかして、一ノ瀬さんのことを考えていたんですか? やっぱり、彼女のことが好きなんですか? だったら私、ショックで寝込んじゃうかも……)
「あ~、ごめんごめん! 実は、アリサさんのことを考えてたんだよ。初めて会った時のこと。あれから随分経ったなあって」
僕は、アリサさんの心を聞いて慌てて答えた。普段はクールな振る舞いをしてるくせに、心の中は繊細で神経質なのだ。
「……私のこと、ですか? いやらしいですね。どうせ、私を脳内で陵辱する妄想でもしてたんでしょう」
(……もしそうだとしたら、嬉しいですけど恥ずかしすぎます。せめて、心の準備ができてからに……)
……なのだけれども、少し思い込みが激しいところがある。まあ、そういう素直なところも可愛らしいんだけど。
「あ、あはは。別にアリサさんが想像してるようなことは考えてないけどね。確かにぼんやりしてたのは悪かったね。気をつけるよ」
「……そうですか」
(……少し残念です)
そう言うと、食事再開。
おかずの交換などをして和気あいあいとしていたのだが、ふと彼女が、
「……ところで、一ついいでしょうか?」
と、言いづらそうに上目遣いで僕に尋ねてきた。
「ん? いいよ、なに?」
「一ノ瀬さんのことですけど……」
「りおん? りおんがどうかした?」
アリサさんの声が緊張して震えてる。やはり、りおんのことが気になるのだろうか。アリサさんが僕に抱いてる気持ちは、もう分かってる。もしかしたら、りおんに嫉妬してるのかもしれない。
しかし、アリサさんが僕に言ってきたことは、まるで別のことだった。
「……私、見たんです。一ノ瀬りおんさんが、昨日ほみかさんの靴の中に砂を入れてるところを……」
ああ、そっちのほうか。
やっぱり、犯人はりおんだったか。
まあ、よく考えてみればそうなんだけどね。転校してきたばかりでクラスメートの苛めにあうとか、普通はないことだし。
「うん」
僕は答えた。
「やっぱりそうだったか。ありがとう、教えてくれて」
「……それだけ、ですか? ずいぶん薄情なんですね」
(……ほみかさん、一ノ瀬さんから苛められてるんですよ? お兄さんとして、心配じゃないんですか?)
「いや、心配はしてるよ。でもね、単純にりおんに注意すれば丸く収まるっていう問題じゃないんだ。だから悪いけど、ほみかにもこのことは黙っていてくれないかな?」
「……それで」
アリサさんは驚いたように目を大きくして言った。
「……それで、いいんですか? またなにか危害を受けるかもしれないんですよ?」
(……信頼してた人から裏切られて、傷つけられる気持ち。私にはよくわかります。だから、ほみかさんに同じ気持ちを味わってほしくないんです)
アリサさんは僕の事を、真剣に見つめながら言った。
そうか。アリサさんは、本気でほみかのことを心配してくれてるようだ。
だから僕は、アリサさんを安心させられるように笑って答えた。
「もちろん、その時は全力でほみかを守ろうと思ってるよ。ほみかは、僕の大事な妹だからね。でも、りおんだって、僕の大事な幼馴染なんだ。だから、できれば両方守ってあげられればなって考えてるんだ。ちょっと、虫がよすぎるかな?」
「…………」
アリサさんは無言で僕の顔を見つめていた。
しばらくして、ふっと目線をそらすとこう言った。
「……神奈月さんらしいですね。いいですよ、好きになさってください」




