26「くるならさっさとこいよ。それとも、僕みたいな優男にびびってるんじゃないだろうね?」
僕は、駅前の商店街を歩いていた。
アリサさんのことを考えていた。彼女は、人を怖がっている。おそらく、それはトラウマレベルまでインプットされているのだろう。親切は不親切に。愛情は憎しみに。何を言っても、アリサさんは邪推してしまう。人の好意を、受け入れ慣れていないからだ。
何か自分に出来ることはないのか。そんなことを考えていたときだった。
声が、した。しかも知ってる声だ。
アリサさんの。それもただの声ではない。叫び声だ。
僕はいても立ってもいられず、辺りを見回した。通行人の数が多すぎて見つけられない。もしかしたら聞き間違えかもしれないが、あれが本当にアリサさんの悲鳴だとしたら、今彼女は危険な状況にいることになる。
僕は、とりあえず表通りから路地裏へと向かった。確信があったわけではない。ただ、悪いことは大体こうした小道で行われてるだろうという、先入観に基づいてのことだった。
僕の勘は当たり、アリサさんはそこにいた。ついでにもう三人の男も。
見るからに下卑た男たちだった。不良グループが美少女を路地裏に連れ込んで暴行をしようとしている。そんなところだろうか。
「神奈月さん……!?」
アリサさんが、震える声で僕の名を呼んだ。
僕はコクリと頷くと、不良たちに向かって言った。
「お取り込み中のところ申し訳ないんですけどね。僕はそこにいる彼女と友達なんですよ。一応その立場で言わせて頂きますけど、あなた達。どう見てもか弱い女子高生を力ずくで襲う変態野郎にしか見えないんですけど。何か間違ってます?」
「なんだ……? てめえは……?」
不良グループの内の一人が、僕の事を腹立たしげに見て言った。
「だから、言ってるでしょ? 彼女の友達だって。それより、何をしてるのか教えてほしいな」
「てめえに答える義理はねえよ」
彼はそう答えると、僕の前に立った。
「怪我したくなかったら、今すぐ消えろ」
改めて目の前に立たれると、目を見張るほどの大男だった。おそらく二メートル近い。ミノタウロス、ゴブリン、フランケンシュタイン――そんな言葉が頭をよぎる。
「そういうわけにはいかないですよ。あんたら、どう見ても女性に暴行しようとしてたでしょ? 警察に通報しますよ?」
「はっ、馬鹿が。そんなこと言われて、あっさり帰すと思ったか? カッコつけやがって。女の前でボコボコにしてやるよ」
大男は拳を拳で包みポキポキと小気味いい音を鳴らした。見ると、後ろの不良二人はニヤニヤしながら成り行きを見守っている。どうやら、大男の強さに相当信頼を置いているようだ。
「それはつまり、僕に暴力を振るうという意味でいいのかな?」
「すっとぼけてんじゃねえよ。そうに決まってるじゃねえかよ。二度と箸も持てない体にして、俺たちに逆らえなくしてやるぜ」
――よし、そろそろだ……。
「馬鹿だなあ。路地裏とはいえ、商店街の小道だよ? 現に僕は白輝さんの悲鳴を聞いてここまで来たんだ。僕が大声でも上げれば、人が来るよ? まさか、ここを通りすがる人を全員腕力でねじ伏せようとか言わないよね? 立派な筋肉をお持ちのようだけど、脳みそまで筋肉で出来ているのかな?」
「ふざけんな! 大声なんて出させるかよ! 人が来る前に片付ける。てめえみたいな優男、一分もありゃ十分だ!」
(この野郎! ヒョロヒョロしてるくせに生意気な奴だぜ。少し痛い目見ないとわかんねえらしいな)
予想していたとおり、心の声が聞こえてきた。そう、共感性症候群には、こういう使い方もあるのだ。あえて相手を煽ることによって、憎悪という感情を引き出し、心の声を盗み聞く。これが、喧嘩においては非常に役立つのだ。
ここまでくれば、あとはあの言葉を言うだけだ。
僕は人差し指を上下に動かし、相手を挑発した。
「くるならさっさとこいよ脳筋野朗。それとも、僕みたいな優男にびびってるんじゃないだろうね?」
「――ブッ殺す!」
大男は巨大な拳を僕に向かって振り下ろしてきた。




