24「そんなこと言われたら私、嬉しすぎて気絶しちゃいます」
「アリサさん、一緒にお昼食べない?」
昼休みになったので、僕はアリサさんに話しかけた。
りおんはさっきの件で職員室に連れていかれた。まあ成績優秀で、先生からの信頼も厚いりおんのことだから、大丈夫だとは思うけど。ちなみに、ほみかはクラスメートとお昼を食べるらしい。ということで、一人で食べるのもなんだし、人見知りなアリサさんを誘ってみた次第だ。
「……仕方ないですね。別にいいですよ」
(……神奈月さん。誘っていただいてありがとうございます。是非ご一緒させてください)
つれない素振りを見せてはいるが、心の中では感激してくれてるみたいだ。
しかし、そんな彼女が一瞬だけ表情を曇らせた。
「……ただ、ここではちょっと。別の場所で食べませんか?」
アリサさんは、遠慮がちにそう言った。
「え? 別の場所って?」
「……校舎を出てすぐ左に、中庭があります。そこなら、あまり人がきません」
(……ここでは言いづらい話があります。お願いします、神奈月さん)
アリサさんは心の中で嘆願した。
言いづらい話とはなんだろうか。もしかしたら、りおんの件で何か誤解を与えてるのかもしれない。だとしたら、一刻も早く誤解を解かねば。
「ああ、いいよ。じゃあ、今日はそこで食べようか」
僕がそう言うと、アリサさんは頷き席を立った。
外の天気は、雲ひとつない晴れ空だった。気持ちのいい風が吹き抜けていた。
夏らしく、中庭の花壇にはヒマワリの花が咲いていた。
花壇の横に、ベンチが置かれている。僕とアリサさんは並んで腰かけた。アルビノのアリサさんにとっては、木陰で涼める絶好のスポットらしい。
「それにしても、よくこんなところ見つけたね。静かでのんびりしていて。いいところじゃない。お弁当を食べるには最高の場所だね」
「……一人の方が、気が楽ですから」
(……大勢の人といると、怖いんです)
アリサさんは、トマトとレタスを挟んだサンドイッチを食べながら言った。
「……神奈月さんも、無理して私と一緒にいなくてもいいんですよ?」
(……嫌。神奈月さんと、一緒にいたい。一緒にいてほしいです)
「無理なんかしてないさ」
僕は、できるだけ優しく言った。
アリサさんは、凄く繊細な心の持ち主だから。
ほみかとも、りおんとも違う。人と話すのが怖い。触れるのが怖い。関わるのが怖い。アリサさんの心の中には、常に警戒と恐怖が渦巻いている。だから僕は、彼女を救ってやるとまでは言わなくても、できる限り助けてあげたかった。
「……私なんかより、クラスの人と一緒にいるほうが楽しいんじゃないですか?」
「いや? 僕はアリサさんと一緒にいるほうが楽しいけど?」
「……、な、なにを言ってるんですか……」
(……う、うれしい……)
アリサさんは、白面を真っ赤に染めた。
そしてしばらく黙っていたが、ふいに、
「……一つ聞いていいですか? どうして神奈月さんは、私なんかに構うんですか? ……気持ち悪くないんですか?」
「え? 気持ち悪いって、何が?」
僕が尋ねると、アリサさんは胸に手を置きながら言った。
「……この体が、です。私がアルビノだってことは、もう話しましたよね? おかしいんです。白い髪、白い肌、赤い目。日差しに長く当たれないことも含めて。人と違うんです。普通じゃないんです、私」
アリサさんは、胸に置いた手にギュッと力をこめた。そして、表情には苦悶の色を浮かべている。
「……どうして、ですか? どうして……私なんかに」
アリサさんは、苦しそうに尋ねた。
「どうして、って聞かれても……」
僕は一瞬考えた。正直いって、どう答えればいいかわからなかった。
だから素直に、
「……僕は、アリサさんのことおかしいなんて思わない。普通の人と何も変わらないと思ってる。いや、普通の人より優しい心を持ってるよ。だから、一緒にいたいんだ」
そう、これが僕の本音だった。確かにアリサさんは、無愛想なところがあるかもしれない。でも、本当は違う。心の中では、周りに気を遣ってばかりいるのだ。だから、僕はアリサさんのことを優しい女の子だと思う。
「……神奈月さん。本当、ですか?」
「うん、本当だよ。それに、僕は綺麗だと思うよ。白い髪も、白い肌も、赤い目も。だから、恥ずかしがることなんてないよ。自分の個性だと思って堂々と生きていればいい」
「……あ、あう、あう」
(……神奈月さん、あ、あんまり綺麗とか言わないでください。そんなこと言われたら私、嬉しすぎて気絶しちゃいます)
クールなアリサさんには珍しく、目を白黒して慌てていた。
その姿は、いつもの綺麗な女神ではなく、可愛らしい天使のように思えた。
あの日も、確かこんな感じだった気がする。
僕は目を閉じると、「あの日」のことをゆっくりと思い出してみることにした。




