23「透ちゃん!! どうしてメール返してくれないのぉ――――!?」
――その日は一日中、りおんからの求愛攻撃が続いた。
登校中はもちろんのこと、休み時間も、トイレの間も。
もしも僕が他の女の子と喋ろうものなら……口にしたくもない。
「え~、であるからして~」
先生が黒板に文字を書いている。
「よし、今のうちだな……」
僕はポケットから、携帯電話を取り出してメールを打った。
誤解のないように言っておくが、普段からこんなことをしてるわけではない。
今、僕はりおんとメールをしてるのだ。彼女とは別のクラスなので、授業中は離れてないといけない。それが彼女には相当気に食わなかったらしくて。
先ほどから、既に五十件近くのメールを受信している。こっちが返信しようとしたらまた次のメールがくる、だからメールを返せない、といった状況だ。りおんだって僕と同じように授業を受けてるはずなのに、なんでこんなにメールを打つのが早いんだ。
今授業をしてる先生は比較的チェックが甘いが。それでも先生の目を盗んで机の下で携帯をいじるというのは、僕にとって並大抵の作業ではない。
「……神奈月さん。先ほどから何をしてるんですか? サボりですか?」
(……神奈月さん。誰とメールをしてるんですか? 気になります)
「え? ああ、いや、母さんだよ、母さん。ほら、晩ご飯は何がいい? ってさ」
アリサさんからの質問を、僕は適当にごまかした。
何しろりおんを放置すると、メールの内容がまた重くなるのだ。
――透ちゃん。どうして返信くれないの?
――透ちゃん。わたしのこと嫌いになったの?
――ねえ、お願いだからメール返して。
――メールくれないと死ぬから。
メール返さないくらいで死ぬなよ。僕はそう思いながらも、やっとのことでメールを返していった。
――それ。五件前のメールに対してだよね? 透ちゃんメール返すの遅いね。やっぱりわたしのこと嫌いなんだ。
「いやいや、りおんが早すぎるんだよ……」
僕がそう呟くと、アリサさんが横から僕の手元を覗きこんだ。
「……やっぱり。一ノ瀬さんとメールしてるじゃないですか。母親とメールしてるだなんて。神奈月さん嘘つきです」
(授業中まで連絡のやり取りをしてるなんて、お二人はどういうご関係なんですか? もしかして、もう付き合ってるとか……? だとしたら、私……)
アリサさんが、ジト目で僕のことを睨みつけた。
「ち、ちがうよ。そういうんじゃないって。これはその……」
僕がアリサさんに弁解しようとすると、新着メールがきたことを教えるランプが点滅した。
――透ちゃん。今女の子と話してる?
……僕は、ディスプレイを見て固まった。勘が鋭いなんてレベルじゃないぞ。
「え~、この問題を……。神奈月。解いてみろ」
先生が僕の顔を見て名指しする。
「えっ!? 僕ですか!?」
僕は勢いよく椅子から立ち上がる。
「そうだ。お前さっきからずっと上の空だっただろ? 先生はちゃんと見てたんだからな。まるで浮気が妻にバレた夫みたいな顔してたぞ?」
「べ、別に上の空ってわけじゃ……」
「いいから。早く黒板の前まで来て、この問題を解いてみろ」
先生は、どうやら僕の授業態度に腹を立てているらしい。
チラリと、教科書に隠した携帯に目を向ける。
さっきからランプは光りっぱなしだ。
でもまぁ、先生に当てられたんだから、しょうがないよね?
「はいわかりました。今行きます」
僕がそう言って、黒板の前まで向かった時だった。
ガラガラーッ! と扉が開けられ、何者が教室に乱入してきたのは。
「透ちゃん!! どうしてメール返してくれないのぉ――――!?」
……りおんだった。周りの奇異な視線も意に介さず、彼女はいきなり僕の胸に飛び込み、押し倒してきた!
「な、なにやってんの、りおん! 今は授業中だよ!?」
「うぇぇえええん! 透ちゃんのバカバカ! 寂しかったんだからあ!」
(授業なんて透ちゃんとのメールすることに比べたら、何の価値もないよ!)
りおんはピッタリとくっついて、僕の胸に頬をすり寄せた。そしてへその辺りに、はち切れんばかりの大きな胸を押しつけている。
「もう寂しいのやだぁ! 透ちゃんとずっと一緒にいたいの!」
(一秒だって離れたくないの! 24時間365日、ずっと透ちゃんと繋がっていたい!)
「よせ、りおん……みんなが、見てるから……ね?」
僕は、なおもしがみついてくるりおんを宥めるように言った。
クラスメート達は、男子は好奇の目で、女子は軽蔑の目で僕達を見ていた。特にアリサさんは、捨てられた子犬みたいにウルウルと目を潤ませていた。
まずい。このままだと、アリサさんにも誤解されてしまう。
そう思った時……。
「神奈月! 一ノ瀬! ちょっと職員室までこい!」
先生の苛々した声が、教室中に鳴り響いたのだった。




