22「バカ兄貴! あたしの『あ~ん』拒否ったらブッ殺すからね!」
「も~、うっさいわね。悪かったって言ってるでしょ? しつこい男は嫌われるわよ?」
(お兄ちゃんごめんなさいっ。だって、りお姉とお兄ちゃんがエッチなことしてるの見て、頭がカーッとなっちゃったんだもん!)
そう言うと、ほみかは悪びれる様子もなく腕を組んだ。
ほみかの誤解を必死に解き、無事にリビングまで降りてきたのは、あれから十分後のことだった。まあ無事にというか、その間、僕はほみかのパンチを何発も受けたのだが。母さんはすでに会社へ向かったそうだ。
なぜ早朝からりおんが来てるのかというと、昨日の約束どおり、ほみかに料理を教えにきたそうだ。そして、ついでに僕を起こしにきた結果、あのような騒動を引き起こしたというわけだ。
「まあまあ、ほみかちゃん。もう許してあげようよ。そんなに責めると、透ちゃんが可哀想だよ?」
――騒ぎを起こした張本人なのに、なぜ保護者目線? 許すも許さないも、僕はなんにも悪いことしてないけど。
「まあいいや。それより、今日の朝ごはんは美味しそうだね」
僕は気を取り直すとテーブルを見まわした。ふわふわなスクランブルエッグにカリカリのトースト。トマトとブロッコリーのコーンスープに、隣の皿には粉チーズがかけられたじゃがいものガレット。その横には、パリパリのウインナーにアボカドとセロリのサラダが置かれている。ホテルの朝食で出されてもおかしくないような出来だ。僕がそれらの料理に関心していると、りおんが口を挟んでくる。
「大変だったんだよ? ほみかちゃん、本当にお料理苦手なんだね。卵を電子レンジであっためようとしてたんだから!」
(足手まといすぎて、一人で作るよりかえって時間がかかっちゃったよ!)
僕は、厨房に立つほみかを想像した。あたふたしてりおんに迷惑をかける姿が、容易に浮かんでくる。どうやら、マトモなほみかの料理が食べられるのは、まだまだ先の話になりそうだ。
「な、何よ。知らなかっただけじゃない。りお姉もちょっとお料理できるからって威張んないでよね。あたしだって、勉強すればちゃんと出来るんだから!」
「あら~? トーストを焦がしたり、サラダにマヨネーズ一本まるまる入れようとしたのは、どこのどなたさんだったかな~?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
りおんの言葉で、ほみかは戦意を失ったようだ。
僕はりおんに、どうしても聞くことができなかった。昨日、ほみかの靴に砂を入れたのは君か? と。もちろん質問をすれば、本人は否定しても心の声を聞くことは出来る。証拠にはならないが。
――でも、できればそれはしたくなかった。犯人探しみたいなこともそうだけど、頭からりおんのことを疑ってかかるようなことは。
りおんが、あんなことをしたとは、信じたくなかった。
だから僕は、りおんには何も聞かないことにした。
今後も同じことがあったら、全力で犯人を突き止める気ではいるが。
「そんなことより、バカ兄貴! 冷めちゃうからさっさと食べなさいよ!」
(ほみかの愛情たっぷりのお料理食べて、早く感想聞かせて♡♡)
「……ああ、うん。そうだね。いただきます」
ほみかに急かされたので、僕は料理に手をつけることにした。おっ、スクランブルエッグの卵は半熟か。流石にりおんは僕の好みをわかってるな。僕はスクランブルエッグから食べようとした。
「あっ、ちょっと待って! 透ちゃん!」
僕がスプーンを持とうとした時、りおんから静止の声がかかった。
……なんだ? 一体どうしたっていうんだ?
「今朝のお詫びに、わたしが『あ~ん』してあげる♡♡」
(透ちゃんのお食事のお世話は、全部りおんがするよ! 食事だけじゃなく、お風呂もお着替えも下のお世話も、ぜ~んぶ、りおんのお仕事だよ♡♡♡♡)
りおんは心の中で不穏なことを言っている。ていうか、『あ~ん』って。付き合いたてのバカップルみたいで、いかにも恥ずかしいではないか。
「いや、いいよ。自分で食べるから」
僕がそう言うと、りおんの目から光が消えた。
「透ちゃん……? 何でそんなこと言うの……? わたしのこと嫌いなの? そんなことないよね? わたしが愛情たっぷりに『あ~ん』しようとしてるのに、透ちゃんは嫌がったりしないよね!?」
――と、りおんは熱のこもった口調で訴えてくる。
ていうか、そこまで重大な話か?
「いや、りおん。違うんだよ。僕は別に――」
「そうだよ、りお姉! あたしだって作るの手伝ったんだから、あたしがバカ兄貴に『あ~ん』してあげるわよ! ほ、本当は嫌だけど、バカ兄貴よく料理ポロポロ床に落とすし。仕方なくなんだからね!」
ほみかは、僕の言葉を遮って自分が『あ~ん』をさせると主張してくる。
「違うよね? 透ちゃんは、わたしから『あ~ん』してほしいんだよね?」
「バカ兄貴! あたしの『あ~ん』拒否ったらブッ殺すからね!」
スクランブルエッグをスプーンですくって、僕の前に突き出すりおん。そしてほみかも、ウインナーをフォークで突き刺し、僕の口の前まで運んでくる。
「うっ……わかったよ。両方食べればいいんだろ? 食べれば」
僕は覚悟を決めると、双方が差し出した料理を素早く口に入れた。
「うん、うまい」
「じゃあ今度は、こっちのサラダね!」
「バカ兄貴! じゃがいものガレットよ!」
飲み込む暇もなく、次の料理を二人から差し出された。
「あの、せめて飲み込んでからに……」
「なに言ってんのよ! そんな悠長なことやってると、遅刻しちゃうじゃないのよ!」
(ごめんねお兄ちゃん! りお姉にだけは、負けたくないの!)
「……透ちゃん。わたしのお料理だったら、間髪いれずに食べられるよね?」
(……もしも残したりしたら、透ちゃんを殺してわたしも死ぬから)
そう言って二人は、僕の口に無理やり料理を詰め込んでくる。
「うっぷ……!」
あまりのピッチの早さに、僕は目を白黒させた。
「ほら透ちゃん! 今度は二品同時だよ!」
「あ~! りお姉ズルい! それならバカ兄貴、こっちはお皿ごといくわよ!」
「って、できるかー!」
そんな感じで、僕は次々と料理を食べさせられた。
そして皿が空っぽになる頃には、僕のお腹はパンパンに膨れ、猛烈な吐き気をもよおしていたのだった。




