エピローグ
「……そうですね。確かに、そうです」
回想終わり。
真上に上った太陽が心地よい陽射しを降り注ぐ頃。
僕が半年前の出来事を懐かしみながら話した後の、アリサからの言葉であった。
「……私がこうして透さんとお付き合いしてる影で、色々な人たちを傷つけてしまいました。特にほみかさんには。ですからどんな困難があっても、二人で乗り越えていかなくちゃならないんですよね」
「まあ、そこまで堅苦しく考えなくてもいいんだけどね」
僕は肩をすくめた。
クーデレ病が治ったといっても、性格が目に見えて明るくなったわけではない。
アリサはやっぱり物事を極端に考えすぎる。
「確かに、ほみか達には悪いと思ってるよ。でも、正々堂々と告白したという自負もある。要するに僕たちは周りのことを気にせずに、自分なりのペースでやっていけばいいのさ」
「……ええ、そうですね」
アリサは薄く笑って、ミルクティーを飲み干した。
僕も、食べかけのスコーンを食べ終える。
のんびりはしていられない。これから、アリサのご両親へ挨拶に行くのだから。
アリサの言うことにも一理ある。さっき僕はほみかのことを『憑き物が落ちた』と表現したけど、そうなるにはかなり時間がかかった。落ち着くまでの時間が。
成長痛ってやつかな。
それは大人になるための通過儀礼。
でもほみかに対してそこまで痛い思いをさせたのだから、僕にはアリサを裏切ってはいけない責任がある――もちろん、さっきも言ったように自分なりのペースでね。
「じゃあ、そろそろ行こうか。アリサ」
僕が席を立ちあがりそう言うと、アリサは慌てて僕の腕をつかんで、
「……待ってください透さん」
「ん? なに?」
「……その前に、最後の確認をしておきたいんです。私が、透さんに本当に相応しい女なのかを――」
「だから、そんなこと全然気にしなくていいって。むしろ僕の方が――」
「……いいから聞いてください。さっきも言ったように、これは私の気持ちの問題です。こんな不安定な気持ちのまま、透さんを両親に会わせるわけにはいきません。だからわざわざ、この場所まで来てもらったのですから」
「わ、分かったよ……」
僕は立ちかけた席に座り直した。
話と言っても、あまり意味はないんだけどなあ。
だってアリサが何を言おうと、僕がアリサを好きなことに変わりはないし、別れるなんてことはあり得ない。僕の決意は変わらないのだから。
まあアリサが満足するなら、それはそれでいいんだけどね。
僕が姿勢を正しアリサを真っすぐに見つめると、
「……透さん」
アリサもまた覚悟を決めた瞳で、
「……もう一度聞きます。透さん。本当に私なんかでいいんですか?」
と訊いた。僕は大きく頷く。
「ああ、もちろんだ」
「……私はアルビノです。視力も弱いし、日差しをまともに受けることが出来ません。よって、様々なご迷惑をおかけすると思います。それでもいいですか?」
「覚悟はできてるよ」
「……お料理は下手ですし、お掃除も苦手ですけど」
「別に気にしないよ」
「……それと、クーデレ病が治ったとはいえ、引っ込み思案なことに変わりはありません。愛想もそれほどありませんし、不快な思いをさせるかもしれません」
「大丈夫。僕の方から合わせるよ」
「……そうですか。じゃあ、今すぐ私と結婚してくれますね?」
「ああ。今すぐ――って、え?」
……。
…………。
………………。
しばらく無言の空間が続いた。
アリサはドヤ顔で僕を見つめている。
僕は痺れを切らして言った。
「ええと……結婚ていうのは? 僕、何も聞いてないんだけど」
「……言葉の通りです。今からお父さまとお母さまに会って、式の日取りなどを相談したいと思います。それとも、私と結婚するのはお嫌なんですか?」
「いや、全然嫌じゃないけど……話が急すぎるというか……」
「……なら、何も問題ありませんね。年内に子供も作りましょう」
「いやいや! 話が急すぎるって! しかも僕たちまだ高校生だよ? 付き合ってまだ半年だし……流石に結婚とか子作りっていうのは、早すぎない!?」
「……え、でも私のこと愛してるって」
「うん、いずれ結婚はしたいよ。でも、それとこれとは話が……」
「……あと、お母さまは白輝家の事業と経営権を、全て透さんに相続させたいと言っております。透さんには会社運営も任せるつもりらしいので、そのつもりで」
「また一気に話が飛んだな! 僕の心の準備とかは!?」
「……そんなこと知りません。あと、白輝名義の邸宅、およびその邸宅が建つ土地、ならびに邸宅内の家具、調度、蔵書なども相続していただきたいと思います」
「は? ……それってつまり、白輝の財産を全て僕にくれるってことなの?」
「……はい」
「マジで?」
「……デジマです」
うっそだろう。
さっき何があっても乗り越えられる(キリッ)とか言ってたはずなのに。さっそく脳がスタン状態だよ。結婚はいいとして、年内に子作り? 会社経営の他に、屋敷と土地の相続? 鳩がマシンガン食らったような衝撃だよ――って。
そこまで考えて僕は、ある疑問が浮かんだ。
「ちょっと待って。今の話、どこからどこまでが本当なの?」
僕が問いかけると、アリサは悪戯っぽく微笑んだ。
「……さあ。ご自分で考えたらいかがですか?」
「いやいやいやいや。だって、普通に考えたらおかしくない? おかしいよね? おかしいって言ってよ!」
「……何がそんなにおかしいのか、理解に苦しむんですけど」
「あんな大きいお屋敷を中身や土地ごとくれるって言われてもさ! 相続税とか毎年の固定資産税とかどうするのさ! それに会社経営なんて初耳だし! それに妊娠しちゃったら、学校辞めなくちゃいけなくなるだろ!」
「……うるさい人ですね。理屈をごちゃごちゃと。愛の前には、小賢しい法律など無意味なんですよ? 先ほど、何があっても私を守るって言ったじゃないですか。あれは、嘘だったんですか?」
「い、いや……。確かに、確かにそう言ったけど!」
そうは言ったけど、仰天に次ぐ仰天。
オラわくわくしてきたぞ、とは流石にならない。
もう胃薬を、全錠まとめて飲み干したいぐらいの衝撃だよ。
っていうか、これ全部本当の話なの? アリサは『デジマです』とか冗談ぽく言ってるし。あんな馬鹿デカい屋敷をポンと譲り渡すなんて、あり得るのだろうか。
「そうだよね! 嘘だと言ってよ! アリサ!」
「……うふふ♡ さあ、どうでしょうね?」
「あああもう、もう――」
僕はうなだれながら両手で頭をかき乱しながら叫んだ。共感性症候群もないし、そもそもアリサって表情に乏しいから、嘘か本当か分かりづらいんだよなあ。
「――でもま、いっか」
急にガバッと頭を上げて、僕はひとりごちた。
「……透さん? ……って、え?」
心配そうに僕の顔を覗き込むアリサを引き寄せて、キスしてやった。
もっと詳しく言うと、僕の唇でアリサの唇をふさいだ。
周りの客たちがざわついたようだけど、そんなこと知るもんか。
だってほら、こんなに唇が柔らかいんだよ?
暖かいし柔らかいしプルンとしてるし、ほんのり甘い。
こんな唇を堪能できるなら、世界中の人の前でだって、キスしてやるさ。
「……いきなり、なんですか……」
たっぷり数分ほど重ねた唇を離して。
白い頬を桜のように染めながら、アリサは言った。
僕も言ってやる。
「アリサが悪い。僕を困らせるようなこと言うから」
「……ぷいっ」
頬をフグみたいに膨らませながら、アリサはそっぽを向く。可愛い。
「でもやっぱり正面から見たいな。こっち向いてくれない?」
「……い・や・で・す」
そう言いながらも、アリサは僕の手に掌を重ねてくる。
そしてそのまま、僕の手をぎゅっと握りしめた。
「君は言ってることとやってることが全然違うねえ」
「……手の置く場所に困っていただけです。他意はありません」
「分かった。オーケー。それでいい。ついでに、顔をよく見せてくれないかな?」
「……どうしてですか?」
「僕が見たいから」
「……なぜですか?」
「真っ赤になって恥ずかしがってるアリサの顔を、もっとよく見たいから。ついでに隙あらば、またキスできないかなと思っているから」
「……~~~~っ!!」
そんな感じで。
僕とアリサはしばらくイチャついた。抜けるような青空の元、ガーデンパラソルの下、お客さんや店員さん達に見守られながら。
もちろんキスも何回もした。
ついでに、いっぱい抱きしめた。白く美しく、スレンダーな体。柔らかい胸。ほっそりとした腰。透き通るように白い髪から漂う甘い香り。
全てが愛おしい。アリサを形作る何もかもが。
だから何が起きたとしても逃げない。戦う。
そうだ。仮にアリサの話が全部嘘だったとしても、本当だったとしても、これから先どんなデレデレでヤバい事件に巻き込まれたとしても、問題はない。なぜならば、
――時間は、たっぷりあるのだから。




