53「そんなこと、あるわけないだろ」
――あれから半年。
僕は、都内のあるカフェテラスに来ていた。
白輝アリサさんと。
時刻は午前11時。
外のテラス席では初秋の穏やかな空気が流れ、夏の暑さは大分和らいでいた。
少し冷たい風が新緑の木々を揺らす中、他のお客たちは語り、笑い、美味しい料理に舌鼓を打ったりしている。平穏で、心地よく、幸せな時間のはずだが。
「……私で、本当に良かったんでしょうか」
ロイヤルミルクティーをソーサーに置きながら、アリサは言った。
僕が選んだのは、りおんでも、あすかでも、そしてほみかでもない。僕のクラスメートで、そして親友でもあった、この人だった。
「ん? なにが?」
僕が尋ね返すと、アリサは潤んだ瞳で僕を見ながら、
「……い、いえ。ごめんなさい。別に、透さんとお付き合いすることに、迷いがあるわけじゃないんです」
アリサは首をふるふると振って、
「……でも。少し考える時があるんです。もし透さんがあの時、私じゃなくて他の誰かを選んでいたら? ……って。いまだに悪夢を見るときがありますし。食事も喉を通らないときもあります」
「え、ホントに?」
「……というのは少し言いすぎですが。時折不安になることがあるのは事実です」
「んん~。そう言われてもねえ。僕の気持ちはあの時語れるだけ語ったし。そんな風にネガティブになられても困るんだけど。ていうかその謙遜は僕がすべきだと思うよ? 君は絶世の美少女だし、いいとこのお嬢様だし」
「……見た目も身分も関係ありません。気持ちの問題です」
「まあ、その気持ちは分かるけどね。とはいえ、もう僕に共感性症候群の力はないから、ハッキリしたことは言えないんだけど」
僕がそう言うと、アリサにジトっとした目で見られてしまった。
「……それはこちらも同じですよ」
ごくごくと、ミルクティーを飲みながらアリサ。
「……クーデレ病じゃなくなったおかげで、思ってることをハッキリ言えるようになりました。まったく、本当に厄介な病気でしたよ。どうしてもっと早く特効薬が作られなかったんでしょうね?」
そう。あれから僕とアリサ――そしてほみかは、それぞれの病気を治すべく病院で診察を受けて、薬をもらっていたのだった。効き目はバッチリで、半年経った今。ほみかは憑き物が落ちたように素直になったし、アリサも大分明るくなった。
そして僕も、心の声が聞こえることはなくなった。
「まあ共感性症候群がなくったって、君を不安にさせないよう頑張るよ……今日は特にね」
「……そうしてくれないと困りますよ。透さんを正式に両親に会わせるって決まって、昨日の夜は眠れなかったんですから」
「それは僕だって一緒だ。彼女の両親にご挨拶ってだけでも緊張するのに、君のところは名家の一門だからね」
「……心配しなくてもいいですよ。二人とも、透さんのことは大層気に入ってますから。透さんが大変な粗相をしでかさない限りは」
「脅さないでくれよ。僕とアリサが付き合うってことは、雪ノ宮と白輝家の結びつきも強くなるってことだ。僕の言動ひとつでね。胃に穴が開きそうってもんだよ」
「……そんなの私知らないです。元々、透さんが雪ノ宮の血縁者だと黙ってたのが悪いんじゃないですか。そもそも、結婚式場で私のキスから逃れようとするし、お母さまから迫られたのに責任を取ろうとしないし。全ては、透さんが招いた事態ですよ?」
返す言葉もなかった。
特に結婚式のときは、本当に大騒動だった。
それでも僕とアリサがこうして付き合えているのは、アリサの母――クリスティーナさんの力によるものが大きい。白輝家を引っ張ってきた女性当主なだけに、会場の火消しやスタッフへの指示、来場客への口止めといった根回しを、迅速かつ確実に行ってくれた。
「……私、本当に透さんと釣り合ってるんでしょうか」
白磁のカップを指でつつきながら、アリサがぼやいた。
「……透さんに無駄な心労ばかり押し付けてる気がします。透さん私のこと、面倒な女だって思ってませんか?」
「そんなこと、あるわけないだろ」
「……でも、私と付き合ってると、透さんもっと気苦労を負うことになりますよ? なにしろ、白輝と雪ノ宮の橋渡しのような役目になってるんですから」
「なあに。そこはもう全力で頑張るし、なるようになれだ。それに、アリサがついててくれれば百人力だしね」
「……私もです。透さんは、私を選んでくれたんですから。ほみかさん、りおんさん、あすかさん――私より魅力的な女性が沢山いるにもかかわらず、です。例えどんなことがあっても、私は透さんから離れません」
この通り。僕とアリサは以心伝心。
ま、どんな困難も乗り越えられるでしょ。
困難というなら、アリサに告白したときが、一番の修羅場だった。何しろ僕は、他の三人を裏切ってしまったのだから。どうしたって、遺恨が残らないはずがない。
僕は目を細め、座り心地のいいダイニングチェアに深くもたれかかりながら、あの日のことを追憶することにした。




