51「りおん、アリサ。あすかに、ほみかも。ちょっと聞いてほしいんだけど」
「とおるちゃんとほみかちゃんが、じつのきょうだいじゃなかった?」
呆けたように言うりおん。
アリサに至っては声すら出ないようなので、僕はとりあえずりおんに向かって話しかけた。
「うん、血の繋がりのない、全くの赤の他人だ」
僕がそう返事をすると、りおんとアリサはごくりと息を呑んだ。
僕は驚愕する彼女らの真正面に立って、口を開いた。
「きっかけは今から十七年前だ。僕が生まれたのは、神奈月家じゃなくて、小川という家だった。つまり、神奈月と血縁がないのは、僕の方なんだ」
「ええっ!?」
プロの歌手でも出ないような大きな叫び声を、りおんが上げた。
「まあ、実父は僕が三歳の時に死んじゃったんだけどね。それで色々あって、僕はこの家に引き取られることになったんだ。ちなみに、僕の本当のお母さんは、雪ノ宮つばめさん。本当の妹は、あすかの方なんだ」
「……は? ええと、あの……でも」
普段のクールさはどこにいったのやら、しどろもどろでアリサが喋る。
「……ちょっと情報量が多すぎて、一度に処理しきれないんですけども。つまり、こういうことですか? 透さんとほみかさんに血の繋がりはなく、透さんは別の家庭で生まれ育った。その実母であるつばめさんは雪ノ宮家に嫁ぎあすかさんを産み、透さんはここの家に引き取られたと――」
「そうだよ。流石に理解が早いね」
「っ……」
アリサは正に「驚愕」という顔をした。
ほみかとあすかに視線を移すと、二人は真っすぐに僕の顔を見つめ返すだけだった。
ここで口を挟んできたのは、りおんだった。
「いやいや。ちょっと待って透ちゃん」
流石に脳が情報量を許容しきれないのだろう。
りおんはしどろもどろになりながら、僕に向かって言った。
「透ちゃん、ひどいよそれは」
「……りおん」
「だって、わたしは透ちゃん達の幼馴染だよ? ずっと昔から一緒だったし、透ちゃん達もわたしのことを受け入れてくれてると思ってた。それなのに、わたしだけ蚊帳の外だったってこと? わたしに話したら、誰か別の人に秘密を漏らすとでも思ったの? これまで内緒にしてたこともそうだけど、こんなところで言われても――」
「分かってる。りおん、ちょっと僕の話も聞いてくれるかい?」
りおんの非難を、僕は途中で止めた。
「ほみかのことも考えてやってほしい。ほみかには、ついこの間まで隠してたんだ。血の繋がりがないっていうのは、幼心に大変なショックを受けるものなんだよ。りおんのことは信用してるけど、おそらく態度に少しずつ出てしまう。つまり、これは僕だけの問題じゃないんだよ」
「……それ、は。分かるよ。分かるけど……」
「分かってる。君の主張は正しい。正しい上で、僕の主張もちゃんと伝えておきたいんだ」
――分かったよ。
肯定の声。
それは、心の声でも一緒だった。
「少なくとも、拒否することじゃないよね。デリケートな問題なのは分かってるし、わたしも別に、そこまで責めるつもりはないから。ただきちんと透ちゃんの話を聞いて、全部納得した上で、透ちゃんのことを受け入れたい。だから、とりあえず透ちゃんの話を全部聞こう。アリサちゃんも、それでいいよね?」
りおんはアリサに向かって、そう話しかけた。
ぎこちなくではあるけど、しっかりとアリサは頷いた。
長年秘密にしてきたことを、一気に喋るんだ。正直言って、逃げ出したい。
でもそれじゃこれまでと何ら変わらないし、僕はもう何があっても逃げないと決めた。例えその先に茨の道が待ち受けていようとも。
一生変わらないよりは、マシだから。
「僕はね。この家に引き取られるまで、実父から虐待を受けてたんだ」
「「…………」」
ケロッと打ち明ける僕に、絶句する二人。
一応僕の心境について説明しておくと。余裕そうにしてるけど今かなりテンパってる状態だ。
だってそうだろ? こんな壮絶な過去を持ってるなんて、引かれでもしたら本当にショックだ。同情されるのも嫌だし、「あっ、そう」ってスルーされるのもキツい。
だから背中には冷や汗をバッチリかいてるし、足はガクガク震えている。それなのに、どうして僕がこんな話をしてるかというと、
「りおん、アリサ。あすかに、ほみかも。ちょっと聞いてほしいんだけど」
僕はざわついてる彼女達に向かって話しかけた。
「僕はハッキリ言って、最低だった。実父に傷つけられ、実母に裏切られ、人間全てに絶望してた時期があった。それは否定できないことだ。
でも、心の中でどう思われていようと。例え憎悪されていようと。そんなことは関係ないんだ。人間って誰かを愛することがあれば、憎んだりもする。
僕のことを愛してくれたみんなには、本当に申し訳ないと思ってる。いや、いくら謝ったって許されるもんじゃない。僕は何も見えていなかった。
僕はただ、自分が傷つきたくなかった。だから人の心を知りたいと強く願った。そして神様から与えられた力を利用して、周りと上手く関係を築けたつもりで得意になっていた。
これってものすごく、情けないことだ」
みんなは黙っていた。心の声は混乱で満ちていた。正直言うと、これぐらいで止めておきたかった。でもだからこそ、僕は贖罪を続けた。
「僕は思うんだ。どこでやり方を間違えたんだろうって。つばめさんが出て行って親父が死んだ時、少しでも怒るべきだったかもしれない。あるいは、泣くべきだったかもしれない。感情を少しでも表に出すようにしておけば、こんな力に目覚めることもなかったかもしれない。でも、僕にはこの力に頼るしかなかった。ほみかと出会ったからだ。ツンデレ病のせいでほみかは、すぐ僕のことを怒鳴るし、無視もするようになっていた。もし僕が自分の力だけでコミュニケーションを上手く取れていれば、と今では後悔している。
でも後悔することと、だから前に進めないということはイコールじゃない。苦しい時こそ、前に出て進んでいかなくちゃいけない。僕に関する秘密を全て打ち明けたのは、それが理由なんだ。――つまり、僕の大事な人たちに、僕の全てを知っておいてほしかったから」
僕はそこで言葉を切って、みんなの顔を眺めた。
みんなはそれぞれ、黙っていた。しかし共感性症候群のおかげで、考えていることはすぐ分かった。
(ちょっ、ちょっと待って! まだ心の準備が――っていうか、わたしじゃなくてほみかちゃんを選んでほしいんだけども。でも、もしわたしが選ばれたらその時は――ああんもう、透ちゃんへの恋心は封印したはずなのに! いいえ、早とちりはいけないわ。この心の声だって聞かれてるに違いないんだし。わたしも最後まで話を聞かないと――)
僕の大事な幼馴染、一ノ瀬りおん。
(……透さんは、私のことどう思ってるんでしょう。思えば、透さんとはこれまで親友としてしか関わってこなかったですから――私のこと、友人としか見てないような気もします。でも、私は透さんを信じていますから。透さんと私の付き合いは、確かに軽いし短いです――でも、伝えられるだけのことは伝えてきたつもりだし、他の誰よりも強いと思っています、私の思いは)
僕の大事な親友、白輝アリサ。
(わたくしのように要領も悪く、色気もなく、体系も貧弱なお子様など、お兄様の恋人として選ばれるはずがありません。ほみかお姉さま、一ノ瀬さま、白輝さまには、どうしたって敵いませんもの。さらに実の妹となれば、選ばれる方がどうかしてると言うものでしょう。ああ、しかし――何かの間違いでかまいませんので、わたくしが選ばれたりはないのでしょうか?)
僕の大事な実妹、雪ノ宮あすか。
そして。
僕は世界で一番大事なほみかに向かって、こう話しかけた。




