48「ああ。決着をつけてみせるよ。彼女たちとね」
「よかったわね。ほみかちゃんが戻ってきてくれて」
母さんはティーカップを口に運びながら、笑みを見せた。
僕ん家のリビング。眠ってるほみかを部屋まで運び、一息ついた後で。母さんとこうしてテーブルを挟みながら、後日談を交わしてるわけだ。
「たあだ。黙って家出したことについては、許せることじゃないわね。一歩間違えば大変なことになってたし。ほみかちゃんが起きたら、キツく叱っておかないと」
「まあ、手加減してやってよ。元はと言えば僕が悪かったんだから」
「じゃあ、透が代わりに叱る?」
「冗談言うなよ。ツンデレ病にかかってるほみかが、僕の言うことなんか聞くわけないだろ」
「情けない子ね。そこを上手く手綱引いてリードするのが、男の甲斐性ってもんでしょーが。ときに、どうなの? あっちの方は」
「あっちって、どっち?」
「りおんちゃんやアリサちゃん、あすかちゃんよ。あとほみかちゃん。誰と付き合うのか、もう決めた?」
「そんなに軽々しく決められないよ」
「あら、どうして?」
「彼女たちが抱えてる病気、知ってるだろ? りおんはもう違うそうだけど――。それでも。僕が誰か一人を選ぶことで、他の誰かがおかしくなってしまうかもしれない」
「いいじゃない。そうなったらそうなったで」
「よくないよ。りおんはまたヤンデレ病発症しそうだし、アリサやほみかはショックなんてもんじゃないだろう。あすかなんて、本当に自殺しかねないからね」
「そこを優しく包みこむのよ」
「僕には手に余るよ。特にあすかなんて誰に似たのか、言っても聞かないところがあるからね」
「あすかちゃんとも、大分仲良くなってるようね。だから本当によかった。つばめちゃんも喜んでいるし」
「そのことだけど、教えてくれないかな? 母さんとつばめさんの関係を。どうして僕が、この家に引き取られることになったのかを」
「そうね……あなたにも、そろそろ知らせた方がよさそうね。ちょっと待っててね」
母さんはそう言うと自室に引き上げて、数分後すぐ戻ってきた。その手には、一枚の写真があった。
「これ、母さんとつばめさん?」
「そう。安寧学園第41期生で、あなた達のOBよ。そして、私とつばめちゃんはお友達だった」
母さんはしげしげと写真を見つめると、テーブルの上に置いた。
「本当に、一番の親友と言ってもいいくらいだったわ。あの男と出会うまでは」
母さんは言った。
「つばめちゃんと小川は、お互いに愛し合っていた。その気持ちに偽りはなかったように思うわ。でも、周りの環境が悪すぎた。小川は大学の奨学金、つばめちゃんは元々貧しい家の出だったわ。
実は、小川をつばめちゃんに紹介したのは私だったのよ。当時は私も世間知らずでね。ハンサムで優しくて、気遣いの出来る小川は、つばめちゃんにピッタリだと思ってた。つばめちゃんも私なんかと違って頭が良くて家庭的で、また美少女だったから。
でも、つばめちゃんが高校中退して男と駆け落ちするって言った時はびっくりしたわ。付き合うのと結婚して子供を産むのとでは、まるで話が変わってくるんですもの。私はそれとなく反対したけど、つばめちゃんは聞き入れてくれなかった。それどころが、恋の炎に油を注いじゃったみたい。結局、つばめちゃんは男の言われるまま高校を辞め、住んでいた土地を離れることになったわ」
「その罪悪感から、僕を育てようと?」
僕が尋ねると、母さんは薄く微笑んだ。
「さあ、どうかしらね。でも、そういう気持ちがないわけじゃなかった。つばめちゃんを救うことが出来なかった私は、せめてその子供だけでも助けてあげたかった……というのは、ダメかしら?」
「ダメじゃないけど、もう一つだけ聞いていい? 小川のことだ。結婚後、つばめさんに暴力を振るうようになったんでしょ? 本当は彼女のことを愛してなかったんじゃないの?」
「そこまで踏み込んだことは分からないけど、ふたりの間に愛はあったと思うわ。要するに変わってしまったのよ。結婚は人生の墓場というけど、人生の終わりが見えてきたとき、初めて人の本性はあらわになるわ。そして、小川はつばめちゃんを愛しきれなかった。
お金もない、地位もない、細々とした生活にうんざりしてたのよ。もっと別の女を選んでおけば、ってね。彼を変えてしまったのは、きっと『後悔』。でも、そこにつばめちゃんを思いやる気持ちは一切なかった。彼は自分だけが被害者だと思っていたのよ。周りにもっと目を向けることが出来たなら、こんな悲劇は起きなかったでしょうね」
母さんは、写真を手に取った。
「ごめんなさいね。話が長くなってしまったわ」
母さんは写真をポケットにしまうと、残っていた紅茶を飲み終えた。
「透、この話を教訓にしなさい」
「え?」
「小川のように、過去を振り返り自分を憐れむことは止めなさい。そして、つばめちゃんのように大事な人の忠告をないがしろにするのも」
「分かったよ。肝に銘じる」
僕は立ち上がった。
「それじゃあ、もう寝るよ。明日は早いから」
「透、頑張んなさいよ」
僕は振り返った。そして、母さんの顔をじっと見て言った。
「ああ。決着をつけてみせるよ。彼女たちとね」




