45「……だから、話しかけないでって言ってるでしょーが!」
「美味しく出来てるわねえ」
テーブルを囲み鍋をつつきながら。
つばめさんは自身の料理に舌鼓を打った。
「これ、『ひきずり鍋』って言うのよ。名古屋に伝わる伝統の鍋で、鶏肉を使ったすき焼きのようなものね。鶏肉を鍋の底で引きずって食べていたとか、もう一度食べたくなるほど引きずられる味とか、そういう意味で名づけられたみたいだけど。本当に延々食べていられるほど美味しいわ。ね、二人共そう思わない?」
「…………」
「…………」
僕もほみかも、返事をしない。
二人ともただ黙々と、具材を口にしている。
それもそうだろう。ほみかと僕に血の繋がりがないと、判明してからまだ一日しか経っていないのである。
「スープも、いいおダシが効いてるわよね。甘辛く煮付けるのがポイントなのよ。鶏の旨味が染み出してどんどん美味しくなってくるから。ね? 透」
「…………」
尋ねられはしたけども、僕は答えずにカマボコを口にした。つばめさんには悪いけど、今は雑談に興じてる暇はない。僕が無反応だと分かると、つばめさんは寂しげな表情をしながら、今度はほみかに話題を向けた。
「――ね、ほみかちゃん。この鶏肉ね、名古屋コーチンといって、日本三大地鶏に数えられる美味しい食材なのよ。勿論この卵も、名古屋コーチンが産んだもの。どちらも絶妙な味でしょ?」
「…………」
朗らかに話を振るものの、ほみかも無反応。ただ粛々と鶏肉を口に運んでいるだけだ。僕がほみかにチラチラ視線を向ければ、彼女もまた僕のことを意地でも視界に入れないように目を背ける。この繰り返しだ。
「……ふう。困ったものね」
つばめさんはお手上げ、といった様子で肩をすくめた。これでつばめさんまで黙ってしまうと、完全な沈黙だけが空間を支配してしまい、いよいよ気まずい雰囲気が流れてしまう。
「ね、ねえっ! ほみかっ」
そうなる前に、僕はほみかに話しかけた。
「ごめん、本当にごめん――血の繋がりがないことを、秘密にしていたことは悪かった。今さら許してくれとは言わない。でも、家には帰ってきてくれないか? 母さんだって心配してるし、あすかも。りおんやアリサだって――」
「……話かけないで」
しかし、ほみかの冷ややかな声が、僕の言葉を遮った。
そして、心底軽蔑し切った刺々しい目つきで僕を睨むと、
「アンタがあたしに嘘ついたの、これで何度目? 今まで大事なことを、一度でもあたしに話してくれたことがあった? アンタはあたしのこと、なーんにも信用してないんでしょ?
そりゃそうよね。あたし達、血の繋がりのないただの他人だもん」
「ほみか……」
僕は絶句した。
それは僕が、一番聞きたくなかった言葉だからだ。
とにかく、今ほみかに何を言っても無駄なことは分かった。例えつばめさんがどんなにフォローを入れたとしても。やはりここは、共感性症候群の力を借りるしかない。
僕が神経を集中させて、ほみかの心の声に耳を澄ますと……。
(ううう、中々お兄ちゃんと上手く話せないよお)
(あ、このお肉美味しい)
(もうほみかはお兄ちゃんのこと全然怒ってないのに)
(謝りたいのに、仲直りしたいのに、もう、本当にツンデレ病って邪魔! 言いたい言葉が全然出てこない! うわあああああああああああん!!)
よかった。僕はほみかの心の声を聞いて安堵した。
ほみかはやはり、デレ期が収まっていたのだ。そして、もう僕のことを怒っていない。それならばと、僕はほみかに向かって、
「あのね、ほみか……」
「……だから、話しかけないでって言ってるでしょーが!」
(はうううううう! またバカなこと言っちゃったあああああ! ゴメンねお兄ちゃん! ごめんねえええええええ)
内心では僕に謝罪しながらも、表面上ではツンケンとした態度でそっぽを向くほみか。
……これは、困ったな。
何というか、もやもやする。
僕のことを許してくれてるなら、それで全て解決――と言いたい所だけど、それをほみかの口から言ってもらわないと意味がない。でもデレ期が収まってる以上、ほみかは僕にツンとした態度しか取れないし。
共感性症候群というのは、こういう時不便だよな。相手の考えてることは全て分かるんだけど、それを活用出来るかは本人の行動にかかってる。しかも、結果としてより相手に嫌われることも珍しくない。
いや、待てよ? 相手の心を読むだけじゃなくて、こっちから逆に自分の考えてることを伝えられないのか? つまり、念波で。
出来るはずだ。僕は目を閉じた。
なぜなら共感性症候群というのは、ほみかの心を知りたい、ほみかと仲良くなりたい、そんな願いから授かった能力だからだ。仮に後で弊害を生もうとも、力を行使し過ぎて倒れようともかまわない。
僕は全神経を研ぎ澄ませた――




