44「それじゃあ、いただきましょうか」
もうすっかり慣れてしまった雪ノ宮邸。
漆喰で出来た長屋門を通り、灰白色の艶やかな石貼りの三和土を抜け、重厚な上がり框を歩いた。
屋敷内は木の柱と障子に漆喰の白壁で構成されていて、よく時代劇とかで出てくるお座敷を彷彿とさせる。いつ来ても惚れ惚れするくらい純和風の造りだった。
「透。そう緊張しないでもいいじゃない」
僕の前を歩くつばめさんが言った。
「もう何回目だよ。緊張なんかしてない」
僕がそう答えると、
「この屋敷にじゃなくて、ほみかちゃんによ……あなた、相当ほみかちゃんを怒らせちゃったんでしょう?」
「そうだけど」
僕は不貞腐れながら返事をする。
「お母さんには、関係ないでしょ?」
「えらい言われようね」
つばめさんは肩をすくめた。
「ずっとそんな顔してたら仲直りするどころか、ますますほみかちゃんに嫌われちゃうわよ?」
「え……」
僕は慌てて自分の顔をまさぐる。思っていた以上に眉間にしわが寄っていることに気づく。すると、つばめさんはそんな僕の様子を見て笑った。
(お母さんって、こんな顔もするんだな)
今日のつばめさんは、臙脂のセーターにベージュのパンツというカジュアルな装いをしていた。いつも和服姿しか見てこなかったので、この服装は新鮮に見える。と同時に若々しくも見えたのは、髪形のせいでもあるだろう。いつもは結い上げているのに、今日は長い髪を下ろしていた。だからだろうか。その微笑みは、とても懐かしい気がした。
「さあ、ここよ」
障子の前でつばめさんが言った。僕は覚悟を決めると、戸を開け中に入った。
「……ほみか」
室内に足を踏み入れると、すぐに座布団に座っているほみかと目が合った。
ほみかは切れ長の瞳を、さらに鋭くして僕を睨んだ。反射的に、僕は頭を下げる。
「ごめん、ほみか! ほんとに、何て言って謝ったらいいか……」
「……」
「あ……いや、違うんだ。決して、お前のことを騙すつもりなんてなくて……それで、僕の気持ちとしては……」
「はいはい、そこまでよ。二人とも」
つばめさんは、僕と間に立ちながら、厳しい表情を見せた。
「今日集まってもらったのは、あくまでお夕飯を楽しんでもらうためなんだから。お話に花を咲かせるのはいいことだけども。とりあえずは食事にしましょ? お鍋も煮えてることだし」
「お鍋?」
つばめさんの言葉を聞きテーブルに目を向けると、テーブルにはガスコンロの上に置かれた土鍋があった。フタがされてるので何の鍋かは分からないが。その前に溶き卵が用意されてる所を見ると、すき焼きか何かだろうか。
「ほみかちゃんも、いいわね? 言いたいことは幾らでもあるだろうけど。あくまで目的はご飯を美味しく食べること」
「……わかってます」
ほみかが渋々ながらも頷くと、つばめさんは微笑みを浮かべ僕に着席を促し、自身も座った。
その時、またふと、ほみかと視線が合った。しかし、やはりほみかは目を逸らしてしまう。デレ期はもう終わってるのだろうか。心の声が聞こえてこないということは、少なくとも憎悪はされてないということだが。
正直言って、のんびり鍋なんか囲んでる場合じゃないんだけどな。
苛立ちにも似た不安を抱えていると、つばめさんが鍋のフタに手をかけながら言った。
「調理にはかなり手をかけたの。気に入ってもらえると嬉しいんだけど」
彼女が土鍋のフタを開けると、僕はテーブルを見下ろした。鍋の中には、まずメインの鶏肉。他の具材はネギと厚揚げ、椎茸、カマボコなど。ツユはよく分からない。醤油がベースになっているのだろうけど、味噌やほんのりお酒の匂いもする。色んな調味料を使ってるらしい、とにかく濃厚な匂いがした。
「それじゃあ、いただきましょうか」
つばめさんが手を合わせながら言った。
僕とほみかは何となく顔を見合わせた。
そして、すぐに視線を逸らす。まだお互いに、ぎこちなさがあるようだ。気恥ずかしさから、僕らもつばめさんに習って手を合わせた。
「「いただきます」」
ぐつぐつと煮えたぎる鍋を前にして。
奇妙な会合、否、宴は始まったのであった。




