34「……お家に、帰りたい」
その頃ほみかは、夜の繁華街を独りとぼとぼ歩いていた。
心細さでいっぱいだった。月光に街灯やネオンサインの明かりといった光源が溢れてはいるが。それは完全な暗闇よりも怖かった。
都会は人ごみが絶えず、夜でも喧騒が渦巻いている。
昨日の夜は、漫画喫茶に寝泊まりした。
ご飯もシャワーも寝るスペースも、ついでに漫画もある。
しかし、ずっといるわけにはいかなかった。
所持金には限りがある。友達の家に泊めてもらうことも考えたが、宿泊出来たとしてもいい所一日だけで、親御さんから強制的に帰されてしまうだろう。
ふう……。
ほみかは一つ、ため息をついた。
なぜ自分は、あんなことを言ってしまったのだろう。
透に言ってしまったことを思い返す。別に透のことを責めるつもりなどさらさらなかった。それどころか、透の過去に気づいてあげられなかった自分に対して腹が立つ。
一歩一歩進むたびに、罪悪感がこみあげてくる。
なのに何故、自分は家を飛び出したのか。
ツンデレ病のせい? デレ期が収まり、反抗的な態度を取ってしまった?
透への糾弾のため? 自分を今まで欺いてきたことに対しての。
いや、違う。
ただ自分は、甘えているだけだ。
「……お家に、帰りたい」
俯いたまま、つぶやく。
深く深く深く。
だからだろうか、その存在に気づかなかったのは。
途中で、何かにぶつかった。そおっと、顔を上げる。
「いってえええー! 何すんだよ、このクソ女がよおー!」
そこにいたのは――怒りに顔をしかめた、二人組の男であった。
金髪のオールバックの男と、赤髪のモヒカンの男。どちらも、まともな社会人とは到底思えない。
「んんん? てゆーかてゆーか、よく見りゃカワイイ顔してんじゃん! ルァッキィー! 女一匹ゲットぉー!」
やたらと背が高い、金髪の男が言った。
その隣でもう一人の男――筋骨隆々なモヒカン男が、しかめ面をしながら答える。
「ちぇっ。まだ高校生ぐらいじゃね? しかもロリじゃん。まいったな~、俺の趣味じゃねえわ」
「いや、よくね? どうせ一晩でヤリ捨てるんだからさ~、えり好みはなしっしょ♪」
下卑た表情をしながら、知性の欠片もない会話を繰り広げる二人。
なに? これ?
ほみかは、きょとんとしていた。
もしかしてあたし、この人たちに何か悪いことしたの?
そうだ、だからきっとこんなに怒ってるんだ。
早く、早く、謝らないと!
「あ、あの。すいませんでしたっ」
ほみかは、ピッと頭を下げた。
ゆっくりと、そしておそるおそる、
「考え事をしていて、前をよく見てなかったみたいです。今度から気をつけますから、許してもらえませんか?」
男二人は、ほみかの誠意を込めた謝罪を、呆けた顔で見下ろしていた。
しかしふと、口を尖らせ「ぷっ」と噴出した。それをきっかけに、二人は大爆笑する。
「ギャハハハ! 聞いた? 聞いたかよ今の! 『許してもらえませんか?』だって! この流れで見逃してもらえると思ってんよコイツ!」
「あーやべー! こういうの見るとさ、俺余計に興奮すんだよ。泣きながら震える女を無理やりに……ってのがさ!」
その瞬間、ほみかは悪寒に肩をゾクッと震わせた。
男達の狂気じみた笑顔は、自分に向けられている。
ここで捕まったら、もうおしまいだ――。
「……っ!」
ほみかは、脱兎の勢いで走り出した。
どこへ行こうとも考えない。とにかく逃げるだけだ。
「――待てこら!」
「逃げられると思ってんじゃねえぞ、ボケ!」
駆け出したほみかを、男たちは追いかける。
「助けて! 誰か助けて!」
走りながら、ほみかは叫んだ。
しかし騒音で賑わう夜の都会には、悲鳴を上げる少女を助ける正義は、どこにも存在しなかった。
それでも、路地を抜けて大通りに出れば、きっと誰かが助けてくれる。
そう思っていたのだが……。
現実は非情だった。
「う、うそ……」
男たちの魔の手から逃れようと、ビルとビルの谷間に入った時だった。
途方もなく高いコンクリートの壁が立ちはだかっていた。
まさか、まさか行き止まりになっているとは……。
「はぁぁ~い。カワイ子ちゃんみィィィっけえええええ~♪」
口元に下品な笑みを浮かべながら、背後から男たちがやってきた。もう一人の男は、恐怖に引きつるほみかの顔を、スマホで撮影しながら歩いてくる。ほみかは、思わず後ずさった。
一歩下がるたびに、男たちも前に歩み寄ってくる。金髪の男は、スマホの画面越しにニヤニヤと笑っている。あまりの気持ち悪さに、ほみかは顔を逸らした。
ドン、と背中に壁が当たる。
「あっ……!」
後ろは完全に袋小路となっていた。仕方なく、ほみかは正面から男たちを見据えた。
「〇〇××△△!」
「※※♯♯¥¥!」
男たちが何か叫んでいる。
聞くに堪えない、卑しい言葉だ。
それでも、ほみかは希望を捨てなかった。きっと、お兄ちゃんが助けてくれる。
きっと、来てくれる。
きっとすぐに、あたしを助け出してくれる……!
男たちが、ほみかの細腕をつかんだ。
――オニイチャン、ドウシテキテクレナイノ――?
「いやあああああああああああぁぁぁ!!」
ビルの谷間から、少女の絶叫が木霊するのであった。




