33「わたし、一ノ瀬りおんは、世界中の誰よりも、透ちゃんを愛しています!」
僕は自分の能力のことを、全くもって誤解していた。
心のどこかで万能な能力だと思っていたし、未来永劫消えることはないと思っていた。
だけど――そんなことはありっこない。
そもそも、他人の心を覗き見るような能力など、存在していいのだろうか。
僕自身、こんな力は消えてしまえと願っていたのではないのか。
この能力には、今まで何度も、何度も助けられてきた。
だからだろうか。こんなにも辛く感じるのは。
それにこの力がなくなったら、僕は今後どう彼女たちに接すればいいんだ?
共感性症候群のない僕なんて、ただの凡人でしかないのに。
一体、どうすれば――。
「透ちゃん? どうしたの?」
りおんの言葉に、ハッと我に返った。
「ごめん、ボーッとしてた。もう一回言ってほしいんだけど……最近特効薬が開発された奇病の一つっていうのは、もしかして、共感性症候群のこと?」
「そうだよ」
と、ハッキリと断言するりおん。
「でもあれって、長年治療法が見つかってないんじゃない? 臨床試験とかちゃんと通ってるの?」
「通ってるんじゃない? 高名な先生が言ってたから。でも透ちゃん、どうしてそんなこと気にするの?」
だって、共感性症候群がなくなる日が来るなんて、思ってもみなかった。
確かに病気である以上、治療薬も存在するのだろう。現にりおんはヤンデレ病が治ってる。前までは嫌というほど聞こえてきた「私だけを見て」、「他の女の子を見たら許さない」といった心の声が全く聞こえないのだから。
「えっと。話を戻すね」
煮え切らない僕の態度に痺れを切らしたのか、りおんは再び話し始めた。
「今までわたしは、透ちゃんさえいればいい、他には何もいらないって、そう思うばかりだった。でもね? それじゃダメだって気づいたの。わたしが幸せでも、誰も幸せにならない。またヤンデレ病が再発しない為には、わたしは一歩引いた目線で、透ちゃんの恋をサポートする方がいいの。――だからね?」
りおんは真剣な顔つきになって、
「お願い。わたしを選んでくれないのなら、ほみかちゃんを選んで?」
鈍器で殴られたような、強烈な衝撃が頭を襲った。
「……それって、どういうこと?」
「言葉通りだよ。わたしはもうヤンデレじゃないから、誰かを傷つけたり不幸にすることを望まない。でも、透ちゃんがあっちへフラフラ、こっちへフラフラしてる所を見たら、またヤンデレ病にかかっちゃうかもしれない。だから解決策としては、『わたしが認める人と透ちゃんが結ばれる』ことなんだよ」
「それは……」
つまり、僕のことは諦めて、ほみかに譲るということか。
確かにそれなら、誰も不幸にならないかもしれないけど。
「それって例えば、アリサやあすかとかと付き合うのはダメなの?」
「ダメなんだよ、それじゃ」
りおんは、食い気味に僕の意見を否定した。
「アリサちゃんやあすかちゃん、他のどんな素晴らしい性格の女の子でも、わたしはまたヤンデレ病になると思う。分かるの。自分で自分がコントロール出来なくなりそうなのが。理屈じゃなく、この人だったらしょうがないっていうのはあるじゃない? だから、わたしじゃダメならほみかちゃんを選んで。じゃないと、わたしはお友達を殺してしまうかもしれない」
「オーバーだよ。有名なお医者さんに診てもらって治ったんだったら、そんな簡単に再発するはずないじゃないか」
わかってないよ、とりおんは苦笑いする。
実際、僕にはりおんの考えが読めなかった。ヤンデレ病じゃなくなったことで、元の素直なりおんに戻ったせいだろう。
「でもさ、誤解しないでほしいんだけど。別に、わたしを選ばないでって言ってるわけじゃないからね? 透ちゃんがわたしのこと好き好きラブリーなら、いつでもわたしはお股開いて待ってるから」
突然の下ネタを入れてくるりおんに、僕は半ばあきれ顔で、
「全く抜け目ないね。というか、ヤンデレ病の名残がまだ残ってるんじゃないの?」
「えっへへ~♪」
僕のツッコミに、りおんは人懐っこい笑顔を浮かべた。
「だからね? そういうことだから。もしわたし以外を選ぶとしたら、ほみかちゃんを選んでね?」
念を押すりおんだが、僕は首を傾げた。
「分からないんだけど、どうしてほみかならOKなの?」
「またまた。分かってるくせに~」
りおんは。ニッコリ微笑んで、
「透ちゃんは、ほみかちゃんのことずっと好きだったんでしょ? 分かってるんだよ? 幼馴染だもん。ずっと透ちゃんのことだけ見てきたから」
「……」
僕は、返す言葉がなかった。
僕がほみかのことを好きだという気持ちは本当だ。
だけど、りおんやアリサ、あすかのことも同じくらい大切で。
誰を選んでも結局は誰かが傷ついてしまうし。それならば、優柔不断な気持ちではなく、しっかりとした本音で、好きな人に告白するしかないのだ。
「ほみかちゃんとだったら、わたし、ヤンデレ病が再発することなく、上手くやっていける自信があるんだ」
「どうして?」
「ほみかちゃんは、あんなことまでしたわたしを、嫌いにならないでいてくれた。それどころか、『りお姉』って昔以上に慕ってくれている。わたしは透ちゃんのことが好きだけど、ほみかちゃんのことも大切な幼馴染だと思ってるわ」
りおんは熱っぽく語った。
しかし僕には、どうしても疑問が拭えない。
「えっと……それで本当に大丈夫なの? 仮に僕とほみかが付き合うとしたら、結婚までいくかもしれない。ヤンデレ病じゃなくなったことで、僕への激しい好意も失せたとか?」
「無くなってるはずないじゃない!」
りおんは、声を荒げる。
「もう、好きで好きで好きで大好きでたまらないよ! 言ってなかったけど、部屋中に透ちゃんの写真が貼ってあるんだよ! それに! わたしは透ちゃん以外の人を愛したことなんて一度たりともないもん! 出来ればわたしを選んでほしいけど――わたしじゃダメでしょ? 透ちゃんは、ずっとほみかちゃんのことを……。とにかく、ほみかちゃんを選べば、透ちゃんの恋も実るし、わたしもヤンデレ病にならないんだから! そうするしかないでしょ!」
……はー、はー、と。
肩で息をしながら、りおんは呼吸を整えた。
りおんの言うことはもっともだ。僕はほみかのことが好きだし、りおんも僕らのことを応援してくれると言っている。アリサの気持ちは固いだろうけど、あすかは僕とほみかの関係を認めてくれた。
つまり、安パイだ。
だけど、本当にそんな理由で恋人を選んでいいのだろうか? そんな保守的な考えで得た付き合いで、みんなが幸せになるんだろうか。もし、なるとしても――。
「どう? 透ちゃん。わたしの提案、受け入れてくれる?」
「……すぐには、答えられないよ」
というよりも、色々と驚きすぎて。
はい、いいですよとは流石にならない。
「そっか」
僕の返事に落胆することなく、りおんはベンチから立ち上がった。
「もう二人で、こんな風に公園に来ることなんてないかもね。だけど、それでもいいの。わたしは色んな失敗や迷惑をかけちゃったし、透ちゃんだって間違いを犯すことがあるかもしれない。すれ違ったり、意見が対立するかもしれない。でもね? これだけは覚えといて」
木々の間から照り返す夕陽を背中に受けて。
りおんは、女神のような優しい微笑みを浮かべた。
そして、叫んだ。
悲しい「アイノコクハク」を。
――わたし、一ノ瀬りおんは、世界中の誰よりも、透ちゃんを愛しています!




