19「……本当はお兄ちゃんに助けてほしいの!」
一日の授業も終わり放課後。昇降口には、帰宅途中の学生達が散り散りに残っていた。僕は帰り際に、下駄箱の前に立つほみかに声をかけた。
「やあ、ほみか。よかったら一緒に帰らない?」
「……!?」
驚かせるつもりもなかったし、声もそんなに出した覚えはない。なのにほみかは、まるで背中から水を浴びせられたように、振り向いて僕を見た。
その顔は、恐怖にひきつっていた。僕は今までほみかの、そんな表情を見たことがなかった。いつもうるさいくらい明るく、元気で、生き生きとしているほみかが。まるで子犬のように怯えている。
ほみかは僕の顔を見ると、安堵のため息をついた。
「な、なんだ……バカ兄貴か。いきなり声かけないでよ。ビックリするじゃない」
(今はダメ! 今は、ほみかに話しかけないで!)
どうも、元気がない。心の声も、何かを恐れているようだ。
僕は、さらにほみかに話しかけた。
「どうしたの? 何かあった? ……それとも、何かされた?」
僕がそう尋ねると、ほみかはビクッと肩を震わせた。その様子を見て、僕は確信した。ほみかは、誰かに何かをされたと。
「何かあったんなら、話してみてよ。力になるから」
僕は出来るだけ刺激しないように囁きかけた。
「……何でもないし」
(……お願い。今はほみかのこと、そっとしておいて)
しかしほみかは、僕の方を見ようともせず、ぞんざいな返事をするだけだった。心の声も、どうも要領を得ない。
「僕は、ほみかのお兄ちゃんだ。ほみかは、僕の妹だ。だからわかる。ほみかの様子がおかしいってね。お願いだから、何があったのか話してくれないか?」
ほみかのお兄ちゃんだから――この言葉は皮肉だ。僕は両親が離婚してからこの七年間、別々に暮らしていたほみかに何をしてやれただろうか。
だからこそ、これからはほみかの力になってやりたい、という気持ちが強くなっているのだ。
「だから、何でもないって……言ってるじゃん」
(靴が……あたしの靴が……)
僕の言葉を聞いて、ほみかは少しだけ警戒を弱めたように言った。
靴? 靴が一体どうしたっていうんだ?
「なんでもないなら、一緒に帰ろうか」
「先に帰っててよ。あたしは一人で帰るから」
(お兄ちゃんの顔……ちゃんと見れる自信がないの)
「どうして? 僕が何かした?」
僕の問いに、ほみかは答えなかった。
「お願いだから、答えてくれよほみか。僕が何かしたなら、謝るから――」
そう言って、僕はほみかの肩にさわろうと――――
「やめて!!」
ほみかは大声をあげて、僕の手をパアンと思い切りはねのけた。その迫力は、まわりの学生からの注目を一身に集めるほどだった。
「あたしにだって、言いたくないことだってあるわよ! 兄貴だったら、何でも話さなきゃいけないわけ!? もう、ウザいからどっか行ってよ!」
(ごめんなさいお兄ちゃん! ……本当はお兄ちゃんに助けてほしいの!)
「ほ……みか?」
ほみかの剣幕に、僕は言葉を返すことができなかった。
「……兄貴がどっか行かないなら、あたしが消えるわ!」
ほみかは僕に怒りの目を向けながら、その場から走り去っていった。
上靴のままで。
「まさか……」
僕は、先ほどのほみかの不自然な態度を思い出した。靴がどうこう言っていた。心の声だが。僕はほみかの下駄箱の前に立つと、思い切って中を開けてみた。
「何だ、ちゃんとあるじゃないか……」
てっきり、外靴を隠されてるとか、そういう苛めをされてるのかと思った。しかし、ほみかの靴は綺麗な状態のまま、下駄箱に収納されている。
「だったらほみかのやつ、一体どうしたっていうんだ?」
僕はぶつぶつぼやきながら、ほみかの外靴を手に取った。
「なっ……!?」
しかし、あまりの重さに床に落としてしまった。まわりの生徒達も、ギョッとして集まりだす。僕は、何が起こってるのかもわからずに、地面に落ちた靴の中を覗き込んだ。
「これは……」
僕は、それを見て驚愕の声を漏らした。
ほみかの靴の中には、大量の砂が敷き詰められていたのだから。




