25「分かりました。お答えしましょう」
窓の外は凛と静まり、夜のしじまと暗闇だけが辺りを包み込む頃。
昼間、ほみかとあすかがあれだけ派手なバトルをしたとは思えない。本当に何もかもいつも通り、いや、それ以上に平穏な日常が返ってきた。
でも、僕には腑に落ちない点があった。
そもそも、本当にバトルなど起こっていたのか? と。
「僕が聞きたいのは、そこなんだよ。あすか」
その日の夜。
ほみかとのバトルも収束し、お開きになった後であすかを自室に呼び出した僕は、そんなことを尋ねた。
「勝負の後で疲れているのにゴメン。でも、僕にとってはどうしても気になったことなんだ。もちろん、答えづらいことなら答えなくてもいい。僕も、興味本位で聞いてることだから」
僕は、出来るだけ穏やかに尋ねた。
僕としては、あの勝負を結果通りに受け止めてはいない。あすかは本気でやろうとすれば、いつでもほみかを潰せた。料理対決の時だって、明らかな不正審判に対し、何の不服の声も挙げないどころか、無条件でそれを受け入れたのだから。
ここから導き出される答えというのは。
あすかは初めから、本気で勝負するつもりなど無かったのではないか? でも、だとすると別の疑問が発生するわけで――
「分かりました。お答えしましょう」
あすかが涼やかに、僕の疑問に答える。
「わたくしは最初から、ほみかお姉さまを認めておりました――ゆえに、勝負の末に追い出そうとは、考えておりませんでしたわ」
「えっ」
予想だにしない返答に、僕は驚きの声を発した。
なおもあすかは続ける。
「わたくしが見極めたかったのは、ほみかお姉さまの真剣さです。家事の力量はともかく、どれだけお兄様のことを本気で思っていらっしゃるか――ということになりますが、わたくしも勿論本気でした。もしもほみかお姉さまが、口だけの人間で心からお兄様を愛していないことが分かったら……わたくしは本気でお姉さまを潰すつもりでおりました。無論、どんな手を使っても」
「まあ、そうならなくてよかったよ」
僕はホッと胸を撫で下ろすと、
「今回ばかりは、本当に焦ったよ。何せ、ほみかもあすかも本気だったからね。しかも、負けた方が出ていくとまで言って。最終的には落ち着くところに落ち着いたけど。それでも冷や冷やさせられたよ」
「申し訳ありません、お兄様」
「いいって、あすかは気にしなくて。元はと言えばほみかの方からちょっかいかけてたからね。上手く事態を収束させてくれて、ありがとう」
まあ、これは掛け値なしに僕の本音だ。
ただでさえ複雑な関係のほみかとあすかだ。馬が合わないどころか、犬猿の仲である二人。でもまさか、あすかの方から折れてくれるなんて……。もっと感謝しないと罰が当たるってもんだよ。
「でもさ、あすか」
「はい、何でございましょう?」
「そのことを、僕は全く把握できなかったんだけど。これって何で? あすかが心の中でほみかを認めていたのだとしたら、僕に心の声が聞こえてくるはずじゃ?」
そう、僕が一番知りたかったことは、それだった。
今までにも、色んなあすかの心の声は聞いてきた。そのほとんどが切腹だの自害だのと物騒なものばかりだったが、そういった心の声まで筒抜けなのだから、僕にもあすかの目論見は知れていたはずなのだ。であれば可能性は二つ。あすかが実は僕に対する好意を無くしてしまっていたか、もしくは、僕に心を読ませないようにしていたかだ。
「いいご質問です。そのことについてお答えいたしますわ」
フッと微笑むあすか。
「先ほども申しましたが、わたくしはほみかお姉さまを試すつもりでおりました。それには、お兄様にわたくしの目論見を知られるわけにはいかなかったのです。最初から追い出されることはない、ということが分かっていれば、それは態度にも現れます。そうすればほみかお姉さまにも何となく伝わり、勝負にも緊張感が失われ、最悪の結末になることも考えられました。よって、わたくしはお兄様に、この件に関しては心を読ませないようにしたのです」
「…………」
「心を読ませないようにする方法は、いくつかございました。能力の有用範囲である、十五メートル以上距離を置く、ことりお姉さまに交代してもらう、無心になるなど――計算どおりにお兄様は、わたくしの心の声が聞こえないので、わたくしが本気だと勘違いをされてくださいました。そのおかげで、わたくしは心置きなく、ほみかお姉さまの決意を見定めることが出来た――そんな次第ですわ」
僕は驚愕していた。
僕は今まで、自分の能力に絶大な信頼を寄せすぎていたのかもしれないけど、全くもって雑な能力だった。もちろん、無駄な能力とまでは言わないけど。それでも事前に知られていれば、このように対策を簡単に講じられてしまうほど、儚い力でしかないのだ。
それを、僕は思い知らされた。




