12「違うし! まだあたし負けてないし!」
ほみかを連れリビングを出て、あすかの待つ廊下まで向かった僕だけど、やっぱりどう見ても惚れ惚れするなあ。あすかの手際の良さには。
埃やハウスダストが舞いどこかくすんだ様子だった床板は、埃ひとつ落ちておらず、ピカピカに光り輝いている。まるで新築の頃のようにムラのない綺麗な木目は、電灯の光を反射させ艶光りを放っていた。
「お兄様。お待ちしておりましたわ」
僕らが廊下に足を踏み入れると、正座していたあすかがおもむろに立ち上がって、
「いかがでございましょうか。ほみかお姉さまと比べて。見劣りがしてしまいますか?」
「そんなことないよ。こっちの方が全然綺麗だ」
ピカピカだし、ゴミどころか髪の毛一本落ちていない。これなら床に寝転がれるほどだよ。
「いや、よくやってくれたよ。これ、どうやってやったの?」
「そんな大したことはしておりませんわ。フロアワイパーで落ちてるゴミを取り除き、掃除機で吸い取り、雑巾で水拭きをし、最後に軽くワックスがけをいたしました。ごくごく普通の手順ですわ」
「普通っていえばそうだろうけど。あすかっていいところのお嬢さんだよね? 家に使用人も沢山いるし。それなのに掃除も出来るんだ」
「まあ、お兄様ったら」
着物の裾を口元に当てながら、あすかは笑った。
「確かにお兄様の言うとおり、わたくしはいわゆる『名家』の生まれですわ。しかし、お母様の教育方法の一環で、あらゆる花嫁修業を叩き込まれております。例えば、お座敷や茶室、仏間の清掃など。それらに比べれば、この程度はどういうこともありませんわ」
そう言われてみると納得がいった。
雪ノ宮の家は僕も何回か行ったことがあるけど、あの馬鹿デカい屋敷の掃除を任されているとしたら、こんなちっぽけな一軒家の清掃なんて、それこそ朝飯前なんだろうな。
「廊下の方は分かったよ。じゃあ次は、玄関の方を見せてもらっていいかな?」
「ええ、かまいませんわ」
「じゃあ、行くよ……ほみか、いい?」
「……うん」
茫然自失としているほみかを連れて、今度は玄関口へ。
こちらの方も廊下と同様、靴の跡や泥の汚れなどは全く見当たらなかった。靴を脱ぐ場所、いわゆる三和土はもちろんのこと、壁や下駄箱の中まで、綺麗に水拭きされている。
「凄いね……今すぐこの道でも食べていけそうだよ」
「わたくしは、お兄様の身の回りのお世話をするために存在しております。なので、他の方のお家にお邪魔することはありませんわ」
「……ああ、そう。ていうか、本当に見事だよ、あすか。料理もすごく美味しかったし。逆に何か出来ないことってあるの?」
「手前味噌ではありますけれども。炊事、洗濯、お掃除、裁縫……その他もろもろ。雪ノ宮の人間として。外に出ても恥ずかしくないようにと、修練を積んできたという自負がございます」
うーん。
思えば僕は、今まであすかのネガティブな面しか見たことがなかったけど。本当のあすかは、こんなにキッチリした子だったのか。ていうかネガティブさを除けば、ほぼ完璧に近いよ。
「――だ、だからどうしたっていうのよ。バカ兄貴」
見ると、今にも泣きそうな表情で僕の服の袖を引っ張るほみかがいた。
「いや、どうしたも何も。さっきも言っただろ? あすかの勝ちだよ。でも、心配することはないよ。まだ一勝一敗なわけだし、それに――」
「違うし! まだあたし負けてないし!」
「……悪いけど、これはどう見てもほみかの負けだよ。頑張ったことは認めるよ? 認めるけど……」
「な、何よ! 結局バカ兄貴ってば、あすかの味方なんじゃない! どうせ何だかんだ理由をつけて、あすかを勝たせるつもりだったに違いないわ!」
(ふぁぁあああ~んっ! お兄ちゃん、ほみかを勝たせてくれるんじゃなかったのお!? こんなの酷いよお!!!!)
「そうは言うけどね? 僕はあくまでも公平な審判を任されているんだ。何でもかんでもほみかに勝たせるわけにはいかない。それにほみか。あすかはさっきの僕の判定で、文句一つ言わなかっただろ? お姉ちゃんであるほみかの方が駄々をこねるなんて、それこそどうかと思うよ?」
「ううううう~~~~~~~~~~っっっ!」
と、ぐうの音も出ずにうめくほみか。
これでほみかとあすかの対決は、一勝一敗のイーブンに持ち込まれた。あともう一戦だ。最後の一戦をうまいこと引き分けに持ち込むことが出来れば、勝負自体をうやむやに出来るかもしれない。そんな望みを抱きながら、僕らは最後の勝負について話し合うことにした。




