5「あすか! 待たせたわね!」
「遅かったわね、バカ兄貴」
……リビングに戻るなり、僕の顔を見てほみかは言った。
「何よ、二人して下らない作戦でも立ててたの? それとも、ただ単にイチャイチャしてただけなのかしら? どっちにしても、いやらしい! 言いたいことがあるんだったら、堂々と言いなさいよ! 二人してコソコソしてんじゃないわよ!」
(ちょっとちょっと! 時間かかりすぎじゃない!? お兄ちゃんって、ほんとにあすかのことが好きなの? ――ていうか、お兄ちゃんはほみかのものなんだからね! 今後一切、二人きりになるのは許さないんだから!)
激昂してるのかと思ったら、心の中では全く別のことを考えていた。
つまりは、僕が何か企んでいて、あすかを勝たせようとしているのではいか、とほみかは疑っているわけだ。
「何黙ってんのよ。何とか言いなさいよ! バカ兄貴!」
「ほみかお姉さま。ちょっとよろしいでしょうか?」
「よろしくないわね。引っ込んでなさいよ、あすか」
仲裁しようとしたあすかを、ほみかは一喝した。
しかし、冷静沈着にあすかは、
「いいえ、言わせていただきますわ。わたくしとお兄様は、確かに勝負方法について話し合っておりましたが、お兄様がわたくしを勝たせようとはしておりません。そもそも密談をしてわたくしを勝たせようなどと、そのような卑怯な真似を、お兄様がなさると本当にお思いですか?」
「いや、別に、そんなこと言ってないじゃん……」
「いいから聞いてくださいまし。勿論わたくしとしては、勝負ですから本気で勝ちにきておりますわ。それがお兄様の寵愛を受けられるとあれば尚更。しかしながら、お兄様は公明正大に審判を努めようとなさっております。本来ならば、ほみかお姉さまを勝たそうとすることも出来たはずなのに。お姉さまは、そんなお兄様のお気持ちを裏切るんですの? それに……」
「……あーはいはい! 分かった! 分かったわよ!」
尚も主張を続けようとするあすかを制し、声を荒げるほみか。そして、
「いいわよ。何かよく分かんないけど、腕相撲はダメなんでしょ? それじゃ、どんな方法で勝負すればいいの? 日が暮れちゃうから、早く決めましょ」
「そのことなんだけどさ」
僕は頭をポリポリかきながら答えた。
何せ、この決断は重要すぎる。
ほみかとあすか。
どっちを勝たせても遺恨が残るし、ましてあすかなんて、ほみかを本気で潰しにかかってる始末だし。
となれば、どうにか引き分けで済むよう調整をしたい。ほみかもあすかも両方勝つことなく、出来ればお互いに仲良く手と手を取り合えるなら、これ以上の解決はないのだから。
とくれば……やはり。
「ここは料理対決――なんてどうかな?」
たった今考えた勝負方法を発表する僕に対し。
「いや、バカ兄貴。だから料理は――「いいですわね!」」
反対しようとするほみかを遮り、大喜びで賛成するあすか。
そんなあすかに対し、ほみかは、
「な、何よアンタ……。妙に嬉しそうね?」
「いいえ? そのようなことはございませんが?」
「嘘つきなさいよ! 今絶対喜んでたじゃない! てか、よく考えたら今この家の料理作ってるのアンタだし、お金持ちだからあたしよりいっぱい美味しいもの食べて舌も肥えてるはずじゃん! ずるいわよ! こんなの!」
「いいえ。わたくしが雪ノ宮家で口にしてる食事の材料は、一般のものとそう変わりませんわよ。それに、食材うんぬんよりも、それをどう美味しく調理できるかが、料理を嗜む者の腕ではないでしょうか?」
「そんなの方便じゃん! やっぱり変よ! さっきまでバカ兄貴とコソコソ喋って、示し合わせたんでしょ! じゃなきゃ、バカ兄貴があたしの苦手な料理を対決種目に選ぶはずが……あっ!」
「うふふ。今、ご自分でお認めになりましたね? お料理が苦手だと」
「うっ、うっさいわね。とにかくあたしは、料理対決なんて絶対認めないから」
「認めないも何も、神にも等しいお兄様がお決めになられたことですわよ? それが受け入れられないのであれば、どうぞご自由に。その際は、わたくしの不戦勝とさせていただきますけれども。それでよろしいですわね?」
「…………」
キャットファイトを繰り広げる実妹と義妹を、僕は無言で見つめながら考えていた。何か二人とも、日に日に仲悪くなっていくような……。厳しくしない僕も悪いのかな?
とまあ、そんな反省をしつつも。ほみかの言ってることは間違いではない。確かに料理の腕だけで言うならば、ほみかとあすかでは格が違いすぎる。
それでもあえて料理対決を提案したのには、ある訳があって――
「なあ、ほみか。ちょっといいかい?」
そう呼びかけると、ほみかは頬を膨らませながらも僕の方まで近づいてきた。
「なっ、何よ。また言い訳? 今度は何? どうやって誤魔化そうって言うのよ?」
「違う違う。そうじゃないんだ」
むくれながら批判するほみかに向かって。
僕は小声で、なだめすかすよう耳打ちをした。
「考えもみなよ。これはチャンスなんだぜ? ほみかはあすかと違って、僕の味の好みとか知ってるじゃないか。あすかに勝つとしたら、ここが千載一遇のチャンスなんじゃないのか?」
「それこそ違うわよ」
しかしほみかは、僕の言葉を思い切り否定する。
「アンタ、あたしの料理の下手さ加減ナメてんの? お米を洗剤で研ごうとしたことがあるくらいよ? あんなプロの料理人みたいなのに勝てるはずないでしょ」
「いやいや。それがそうでもないんだな」
「なんでよ。なんでそんなことが言えんのよ」
「確かに、ちょっと前までほみかの料理の腕はひどかったさ。でもね、りおんに料理の仕方を習ってるんだろ? 確実に料理の腕前は上達してるじゃないか。まるっきり勝負にならないわけがない」
「そんなこと言っても無駄よ。習ってると言っても、まだまだりお姉にはかなわないんだし。とにかく、アンタはあたしが有利になるような勝負を選びなさい」
「あれー? 残念だなあ。僕はほみかが勝つ方に賭けたんだけど。肝心のほみかにやる気がないんじゃね。でも、ほみかが僕のために作った、愛情たっぷりの手料理を食べてみたかったのになあ」
「な……ちょ……っ」
「でも、どうしてもと言うなら仕方ない。料理対決は取りやめにして、別の勝負方法を選んで――」
「上等じゃない!」
突然大きな声で叫び出すほみか。
「…………!」
キーンと危うく鼓膜が破れそうなった耳を庇う僕など目にも入らないようで。
「あすか! 待たせたわね!」
ピンと背筋を伸ばし、ビシッとあすかを指差し、自信まんまんの表情でほみかは吠えた。
「確かにあたしは料理が下手よ! その点ではアンタの方が有利かもね……だがしかーし! そんなことで負けるあたしじゃないわよ! アンタなんて、この神奈月ほみか様が完膚なきまでに叩き潰してやるんだからね!!」




