4「ほみかとの勝負……中止にしない?」
リビングから場所は変わり、僕の部屋にて。
鼻歌を歌いながらベッドの上で足をばたばたさせることりに、僕は話しかけた。
「ねえ、ことり。これは一体どういうこと?」
「ん? なにがぁ?」
何を言われてるか分からないといった、ことりの表情。
「ことり、なんか悪ぃことした?」
「いいとか悪いとかじゃないよ。これはね、ほみかとあすかの勝負なんだ」
「ぅん。知ってるよぉ」
「君が力を貸すとなれば、いわば二人がかりでほみかと戦うことになる。そんなの卑怯だろ? だから僕は止めたんだ」
「でも、ぁたしとあすかは二心同体なんだよぉ。ぁたしはあすかでもあるし、あすかはあすか。二人で一つなのに、どぅして協力しぁっちゃぃけなぃのぉ?」
「それは、時と場合によるだろ? 大体、ことりは加減てものを知らないからね。お前と腕相撲なんかしたら、ほみかの腕がへし折られちゃうよ。それに、今日僕は公平中立の立場で立会人を務めているからね。不正は見逃せないよ」
「じゃぁ、こっそりあすかと入れ替わって、ほみかぉ姉ちゃんの寝込みを襲撃するのもダメなの?」
「ダメに決まってるだろ」
「じゃぁじゃぁ、勝負の時だけぁたしと交代して、終わったら戻るってぃぅのは?」
「それもダメ。とにかく、勝負するのは仕方ないとしても、僕には穏便に事を終わらせる義務があるから。これ以上文句を言うようなら、あすかが反則負けになっちゃうよ?」
「それは困る……。うー……、分かったよぉ」
「そうかそうか。よく分かってくれたね」
僕は渋々納得してくれたことりに微笑みかけると、
「さあ。そろそろ、あすかに戻ってくれ。ほみかも大分待ちくたびれてるだろうしね」
「はぁーい。ちょっと待ってね――」
そしてそのまま。
先ほどのように下を向き俯いた姿勢のまま、ことりは動かなくなる。
しばらくして。
固い表情の彼女が顔を上げ、一直線に僕に視線を向けると。
彼女は勢いよく土下座した。
「も、申し訳ありません! お兄様!」
「……まあ何を謝っているかは分かるけど、別に気にしなくていいからね」
「そういうわけにはまいりません!」
「だから、気にしなくていいってのに」
「いいえ言わせてくださいませ! よりにもよって、ことりお姉さまのお力に頼り、お兄様を巡る神聖な勝負に水を差すなどと! 不肖、雪ノ宮あすか! 切腹をすることでお詫びの印とさせていただきます!」
(ここで切腹をし倒れれば、お兄様からの看病を一身に受けられるはず……。万一止められたとしても、お兄様から体に触れていただけるので、どちらに転んでも問題なしですわ)
「おい、心の声が聞こえたぞ。ダメだからな? 構ってほしいが為に自分の体を傷つけるとか」
「ああっ、わたくしとしたことが!? ついお兄様の能力を忘れて邪な考えを!」
と。
僕が指摘するとあすかは地面につきそうなほどブンブン頭を下げて、
「も、申し訳ありません。本当に申し訳ありません。かしこまりました。わたくしも安易に自傷行為に走りませんし、ことりお姉さまを頼ったりもいたしません。ですから、どうかお嫌いにならないでくださいまし、お兄様!」
「う、うん。そりゃあ、嫌いになったりはしないさ」
少し苛めすぎたか?
しかし、あすかはことりと違ってネガティブが過ぎる為、ほんの小さな出来事でも傷ついてしまうんだけどね。
もちろん、それは感受性の高さからくるものであり、優しさの証でもあるのだけど。
「なあ、あすか」
「な、なんでございましょうか」
「僕はね、あすかのことは凄く優しい女の子だと思っているよ」
「ふえっ、なんですかお兄様……。いきなり、そんな」
「優しさだけじゃない。艶やかな髪の毛、ハリのあるお肌。こんなにも容姿端麗な妹を持てて、兄としては鼻が高いね、ほんと」
「ああっ、お止めください。そのように褒めちぎられると、わたくし――」
「ていうかうん、君は礼儀正しいし人当たりもいいし。こんなに品行方正に育ってくれてよかったよ」
「――――っ!?」
「そうやって慎み深くて思いやりのある女の子……僕は好きだな」
「~~~~~~~~ッッッ!」
「その一方で家事全般も得意だし。茶道とか女の子らしい趣味もいっぱい持っている。これなら、いつお嫁に出しても恥ずかしくないくらいだよ」
「ら……らめれふ。お兄様。わらくひもう、立ってられまひぇんわ……」
どさっと。ベッドの上に倒れこみながら。
あすかは、はあはあと荒い息をついた……頬を桜色に紅潮させて。そしてお股のあたりを何やらもじもじさせている。
こんな所でこんな体勢でこんな顔をしていると、誰が見たって勘違いされるだろうなあ。あすかって良い所のお嬢様だし、褒められ慣れしてるのかと思ってたけど。今僕が挙げた長所なんてあすかの魅力を語る上では氷山の一角に過ぎないのだが、それでもこのダメージだよ。
うん、まあ。
ともかくこれで交渉はしやすくなった。
あすかを説き伏せて、ほみかとの勝負を止めさせないと。
「そこでなんだけどさ――あすか」
「は、はい。なんでございましょうか。お兄様」
息も絶え絶えといった風情で起き上がる彼女に対し。
「ほみかとの勝負……中止にしない?」
僕は思い切って提案を持ちかけたのだが――
「お断りいたしますわ」
先ほどまでのとろんとした顔つきから一転、鋭く冷淡な表情になったあすかは、僕に向かってこう言い放つのだった。
「例えわたくしが神のごとき崇拝するお兄様のお言葉といえども。本来ほみかお姉さま――いえ、神奈月ほみかは、お兄様とは血の繋がりもない、赤の他人ですわ。それがお兄様の妹としての地位を得、さらには結婚することも可能などと、到底見過ごせるものではありません。どのような手を用いてでも、徹底的に排除いたします」




