16「ご馳走様……おいしかったよ。ほみか」
「おはよう」
僕は、二階からリビングに降りるなりそう言った。
母さんとほみかは、もうすでにテーブルについていた。
食卓の上には、いつもより個性的なおかずが並んでいた。焼け焦げて、元はなんだったのかよく分からない魚。炊くのに失敗したのか、水の量が多すぎてぶよぶよしたお米。味噌汁の豆腐は全て崩れているという、お世辞にも美味しそうとは言えない朝食だった。
「おはよう、透」
新聞を読んでいた母さんが(なぜか母のテーブルにだけ皿が置かれていない)、目だけを僕に移して言った。
「お、おはよう……バカ兄貴」
(おっはモーニング! 爽やかな朝だねーお兄ちゃん!)
母さんの隣に座るほみかが、僕に不機嫌そうな目を向けて言う。
ふと見ると、ほみかが何故かそわそわしているのが分かる。そわそわしてるというか、落ち着かないというか、舞い上がってるというか、不安そうにしてるというか……。
「な、何よ。何見てんのよ」
(あわわわ、お兄ちゃんが見てるううう。世界で一番かっこいいお兄ちゃんが、ほみかのこと見てるよおおおお♡♡ お兄ちゃん、ほみかの作ったお料理食べてくれるかな? 美味しいって言ってくれるかな?)
なるほど。母さんが作った料理にしては、ちょっとあれかなとは思ったんだけど。
「ああ、ごめんね。ところでこの朝ごはん、ほみかが作ったのかな? おいしそうだね」
僕はほみかの憎まれ口に笑顔で答えると、ほみかと向かい合わせの席についた。
改めて見ると、ほみかの作った料理は完全な失敗だった。焼き魚はウェルダンなんてレベルじゃないほど真っ黒。というより、もはや完全な焦げカス。白米は、柔らかすぎてお粥のよう。味噌汁に入ってるネギの輪は、全部つながってるようだった。ハッキリ言うと、これなら僕が作った方が全然マシなレベルである。
「だから何よ! なにまじまじと観察してんのよ! お腹空いてんでしょ!? とっとと食べなさいよ! それとも、あたしの作った料理なんて食べたくないわけ? だったら食べなきゃいいじゃない!」
(お兄ちゃんお願い! あんまりしっかりと見ないでえ。ほみか、お料理があんまり得意じゃないから。でも、お兄ちゃんのために朝早く起きて作ったんだよお。だからお願い、一口でいいから食べて!)
ヘソを曲げてしまったのか、ほみかはプイと横を向いてしまった。
そんな僕達を見て、母さんは新聞から手を離して言った。
「はいはい。あなた達喧嘩しないの。透も。ほみかちゃんが一生懸命作ってくれたのよ? 言ってくれれば私も手伝ったんだけど、私が起きた頃にはもう用意されていてね……。とにかく、そういうことだから食べてあげて?」
母さんは少し困ったように、僕達を見比べながら言った。仕事に行く前なのだろう。シックなグレーのスーツを着て。うん、いいことを言ってる。いいこと言ってるんだけど、母さん。いつもはちゃんと朝食を摂ってるのに、どうして今日に限ってコーヒーだけしか飲んでないのかな?
「誰も食べたくないなんて言ってないよ。いただきます」
僕はそう言うと、一番無難そうなお米を口に入れた。
「うっ……!」
僕は、甘かった。心構えもそうだが、ご飯自体も甘かった。お米本来の甘さに加えて、この猛烈な甘さというのは……。
「どう? あたしの好きな、カルピスでお米炊いてみたのよ」
(本当の好物は、お兄ちゃんのカルピスだけどね♡♡)
うめき声を上げる僕に、ほみかが自慢げな顔で言う。さり気なく心の中で下ネタを挟んでるが、今の僕にツッコミを入れてる余裕はなかった。
牛乳を入れて炊くのは聞いたことあるけど、カルピスってありなのか……? しかも、相当な量入れてるぞこれ。
「う、うん……おいしいよ。それじゃあ、おかずもいただこうかな?」
「あ、じゃあ、これ! アジの塩焼き!」
(ちょっと焦げちゃったけど、許してねお兄ちゃんっ)
ほみかが嬉々とした表情で、焼き魚が入った皿を指差した。ていうか、アジだったのか、これ。
「うん……」
僕がアジの塩焼きを口に入れると、ほみかは心の中で、
(どう? どうかな? おいしい? ほみかの愛情たっぷり料理!)
と聞いてきた、僕は目をキラキラさせるほみかに向かって、
「お、おいしいよ。なんていうか、ワイルドな味だね」
ワイルドな味。このアジの塩焼きをマイルドに表現するとしたら、これ以上の表現はないだろう。うろこは取ってないし内臓はそのままだし。本当だったら今すぐ吐き出してしまいたいくらいだが、それをすると流石にほみかが悲しむ。
その他にも、味噌汁は味噌の量が多くて塩分過多。豆腐はぐちゃぐちゃで食感も何もあったものじゃない。唯一マシだったのは、お漬物くらいか。ただし、市販で売ってるやつだけどね。
だから、僕は必死にたいらげた。あえて早食いをして、脳に味が伝達されるより早く飲みこむ。ほみかには悪いが、少しでも味わってしまうと、全部戻してしまいそうな気がしたからだ。
僕は完食し、口直しにお茶をゴクゴクと飲み干しながら言った。
「ご馳走様……おいしかったよ。ほみか」
「ほんと……?」
するとほみかは、世界で一番といっていいくらい嬉しそうな笑顔を見せた。その笑顔を見れただけで、頑張って完食した甲斐があったというものだ。しかし、ほみかには今度料理の作り方を教える必要があるな。そう思う僕の前に、ほみかは大きめの弁当箱を置きながら、こう言ったのだった。
「まあ、あたしの手にかかればこんなものよ! 今日のお昼はお弁当もあるから、しっかり味わって食べるのよ!」
(よかったぁ……。ほみか、本当はちょっと自信がなかったんだけど、お兄ちゃんの口にあったみたいで何よりだよお。今日のお昼は、一緒に食べようね。お兄ちゃん♡♡♡♡)




