49「ね? ことり」
もうすっかり暗くなった夜空を見上げながら、僕はあすかと共に檜の縁側を歩いていた。庭園まで来た時だった。ここなら、ゆっくりと話が出来る。そう思い僕は足を止めると、石段を降りて庭池まで向かった。
「お兄様……?」
あすかが振り向くと同時に、後を追って僕の隣まで歩いてきた。
「いいお月様ですわね……」
彼女の言うとおり、雲ひとつない空には恐ろしいほど綺麗な三日月が出ていた。下弦の月が池の水に反射して、ぼうっと幻想的に輝いている。
「お兄様。突然立ち止まって、どうしましたの?」
無表情の白い顔が、月夜に照らされて余計に白く見えた。まるで血が通っていないかのように。儚く、寂しいがとても美しい顔だった。
僕は言った。
「大きな庭だね、ここ」
「ええ。小さい頃、夏は花火、秋にはお月見をよくしておりました」
「ことりとも?」
「……」
彼女の眉がピクリと動いた。
「ほんとはね、君と話がしたかったんだ」
僕が言うと、彼女はやっと笑ってくれた。そして、
「お話とは、何でございましょうか?」
と尋ねてきた。僕は答える。
「ねえ、僕と初めて会った時のこと、覚えてる?」
「もちろんでございます、お兄様」
「何だかバタバタしてて、とっても大変だったよ」
「うふふ。色々とございました」
「あれから比べると、あすかはとっても明るくなったよ」
「お兄様を始め、様々な方のお優しい心にふれましたから」
「うん……ごめんね。この家に戻ってあげられなくて」
「仕方ありません。お兄様にもご都合というものがございます。それに、いつかは帰ってきて頂けるのでしょう?」
「そう……だね。雪ノ宮を継ぐなんてことは、今のところ考えてないけど。やっぱりつばめさんは僕の実母だし。やり残したことが全て片付いたら、この家に戻ってこようと思うよ」
「ならば、それだけで十分ですわ」
彼女は寂しげな笑みを浮かべると僕に背を向け、石畳の上をゆっくりと歩いた。
「それともうひとつ……言いたいことがあるんだ」
「わたくしにですか? なんでございましょう?」
僕に背を向けたまま、彼女が答える。
「いや、正確には、あすかにじゃないんだけど」
「すみません……どういうことでしょうか?」
「もう、お芝居は止めにしよう?」
僕の言葉に、彼女は振り向いた。
僕は、目の前にいる女性に向けて言った。
「ね? ことり」




