43「神奈月さん。私のことはいいから、彼女達を追って」
僕は高速で着替えを終えると、脱衣所を後にした。
入ってきた時にはなかった甘い匂いが室内には漂っていて、あちこちには魅力的な布地が置かれていたが。それらにはなるべく目を向けずに。
これからどうしようか、というのは考えるまでもないことだった。ダイニングルームには、まだクリスティーナさんとあすかと立花さんがいるはずだ。彼女らに僕が風呂から上がったことを伝え、続いてお風呂に入るように言えばいい。あすかは特に、何故か僕とはお風呂に入りたくないようだし。
そんなことを考えながら歩いていた時だった。
「なんだ?」
突然、ガシャアアアアアァァァン! というガラスが割れるような大きな音が聞こえてきた。音がした方向は、今僕が向かおうとしてる部屋だ。
「まさか……泥棒!?」
僕は走った。こんな山奥で泥棒なんて……とも思ったが、ありえないことではない。僕以外は全員女性だ。こんな逃げ道もろくにない場所で襲われたら、ひとたまりもない。
僕は大急ぎで駆け込むと、ダイニングルームの扉を開けた。
「な……なんだ、これ?」
現場の惨状を目にし、僕は声を漏らした。
さっきまでは綺麗に置かれていたテーブルや椅子は、嵐の後みたいに散乱していた。棚は倒れ、ソファはひっくり返り、食器のいくつかは割れてそこらに飛び散っている。そんな室内の中央で倒れているのは――。
「クリスティーナさん!」
僕はすぐさま駆け寄ると、彼女の体を抱き起こした。
「しっかりしてください、クリスティーナさん!」
僕はクリスティーナさんの肩を揺さぶりながら、安否を確認した。しばらく声をかけ続けると、彼女は小さな呻き声と共に目を開けた。
「か、神奈月さん……?」
「よかった……目を覚ましてくれて……」
僕は心から安堵した。と同時に激しく混乱した。
「……一体、何があったんですか?」
僕はあらためて室内を見渡した。
家具はほとんどメチャクチャに荒れていて、明らかに誰かが暴れたような形跡がある。それに、あすかと立花さんがいなくなっているのだ。
「あ……あ……あすか、さんが……」
「落ち着いてください。あすかがどうしたんですか?」
僕は出来るだけゆっくりと、穏やかな声色で語りかけた。それが功を奏したのか、クリスティーナさんは幾分か冷静になって話してくれた。
「あすかさんと立花さんが二人でお話をしていて……。急にあすかさんが人が変わったようになって……。立花さんを襲って、そこの窓から……!」
クリスティーナさんは恐怖に声を引きつらせながら、部屋の奥にあるテラス戸を指差した。僕はそこを見た。掃き出しになって、外に行き来できる大きな窓だ。かなり頑丈そうなガラスだが、真ん中が叩き割られていた。
例え何か道具を持っていたとしても、かなり強い力が必要だろう。そこで僕はハッとした。もしかしたら、ことりが――。
僕の脳裏に警報が鳴り響いた。ことりは間違いなく、立花さんを狙っている。追わなければ。しかし、僕は動けなかった。流石にこの状態のクリスティーナさんを置き去りにするのは……。
「神奈月さん。私のことはいいから、彼女達を追って」
しかしクリスティーナさんは、僕の考えを見通したかのように言った。
「クリスティーナさん……でも――」
「私は大丈夫ですから、早く行ってください。そして、彼女を助けてあげてください」
「……!」
僕はもう返事をしなかった。
かわりに、猛然と窓の外へと飛び出した。




