35「じゃあさ、僕と一緒にキャンプに行かない?」
アリサが帰ったあとも、僕はまだ喫茶店にいた。
あすかと立花さんにキャンプの件を伝えるためだ。
僕はまずあすかから連絡することにした。
スホマを取り出した。ディスプレイ表示された「雪ノ宮あすか」に発信をかける。するとあすかは、1コール目で電話に出た。
「もしも……「申し訳ございません、お兄様!」」
あすかは電話に出ると開口一番そう謝罪した。おそらく、受話器の向こうでは頭をブンブン下げていることだろう。
――申し訳ありません、お兄様。わたくし、お兄様とお話している途中でまた頭がぼんやりして……また気を失ってしまったようなのです。何か、ご迷惑をおかけしておりませんでしたでしょうか?
「ああ、うん。別に何も」
実際はことりに殺されそうになったのだが。それはことりがやったことだし、別に大した怪我にはなっていない。あすかを責めるのは筋違いというものだろう。
――そ、そうですか。よかった……。
「え? 何が?」
――てっきり、お兄様がわたくしに対してお怒りなのではないかと思いまして……。
「何で? あすかは何もしてないじゃないか」
――いえ。お兄様に対して、暴言を吐いてしまいました。
「暴言?」
――お兄様に対して、わたくし如きが『意地悪』などと失言をしてしまいました。
「ああ、そんなことか」
――そんなことではございません! わたくしにとってお兄様は、神にも等しい存在でございます! それを、わたくしのような塵芥が……。
「僕はそんな上等な人間じゃないよ。それに、そんなに自分を卑下しないで」
――そんなことはありません。お兄様はとても素晴らしいお方にございます。
あすかは強く食い下がった。その必死な口調に僕は若干怯みながらも、
「ねえ、あすか。僕はね、嬉しかったんだよ。僕に対してあすかが、あそこまで感情をストレートにぶつけてくれたことにね。だから、気にすることはないよ」
――それは……本当でございますか?
「ああ、本当さ。僕があすかに、これまで嘘をついたことがあるかい?」
――い、いいえ……! お兄様は嘘などつきませぬ……。
電話越しに、あすかは狼狽しきった声を出す。共感性症候群は機械を通すと発動しないため、心の声は聞こえてこないが……。
おそらくあすかは、今心の中で自分のことを深く責めているはずだ。僕のことを殺そうとしてることりとは、全く正反対に。
あすかとことり……もしかして、二人の関係性というのは。
――あの、お兄様? 如何されましたか?
心配そうに尋ねるあすかの声に、思わず僕はハッとなる。
「あー、ごめん。それよりもさ、あすか。来週の土曜日って空いてる?」
――お兄様の御用とあれば、一日どころか毎日でも空けておきます。
「いや、一日でいいんだよ」
――それであれば、空いておりますが……。
「じゃあさ、僕と一緒にキャンプに行かない?」
――は? お兄様、と、キャ、キャンプでごごございますか……?
あすかは信じられない、というような声を発した。というか、キャンプに行こうと誘っただけで、何でそんな驚かれるのか分からないが。とにかくあすかはネガティブすぎる。キャンプに行って自然や人や動物と触れ合うことによって、もう少し明るくなるのではないか。そう思っての申し出だった。
そして理由はもう一つ。
あのとき、確かにことりはこう言った。「立花綾には気をつけろ」と。僕には、何のことだかサッパリ分からない。だけどあすかと会わせてみれば、その謎が解けるかもしれない。
「実はね、あすか。こういうことなんだよ」
僕はあすかに、今日の昼休みの出来事を話した。
――なるほど。そういうことでございましたか。しかし、何故立花さんが?
「彼女、あすかと仲良くしたいみたいだけど。あすかは嫌?」
――嫌ではありませんけれども、わたくしは別に……。お兄様さえおられるなら、それだけで十分でございます。
「それだよ、それ。あすかのその『お兄様さえいれば』っていう考え。そういうのを僕は治したいのさ」
――と、言いますと?
「要するに、僕だけじゃなくて友達と一緒に、もっと広い世界を見てほしいってことさ」
――それが、お兄様のお気持ちでございますか?
「そう。立花さんだけじゃなくて、ほみかとも、りおんとも、アリサとも。僕はあすかに、みんなと仲良くしてほしいんだ」
――そういうことでございますか。しかし、わたくしは……。
「ダメ?」
――い、いいえ。駄目ではありません。お心遣い、感謝いたします。
「ううん。細かいスケジュールが決まったら、また連絡するね。じゃあ――」
――かしこまりました。本日はお誘い頂き、誠にありがとうございました。来週の土曜日を、楽しみにお待ちしております。
あすかが堅苦しく挨拶すると、僕は通話を終えた。
「さて、と。次は……」
僕は一息つくと、ラインアプリを起動させた。
設定画面を表示し、友達リストを開く。
メッセージを送るのはもちろん、立花綾だ。




