24「そうだよん。ぁたしは雪ノ宮ことり。ぉ兄様を殺しに、出てきたよーん♪」
そして僕は、あすかと一緒に自宅までの帰路へとついていた。僕もあすかも無言だった。隣を歩くあすかの顔は、夜道ということもあってよく分からなかった。
路地を抜けたところで、やっとあすかが口を開いた。
「あの……お兄様」
「何?」
「あ……いえ」
口を開いたと思ったらこれだ。両手を下腹部あたりでこすり合わせてもじもじしている。
「あ……あの!」
あすかは、意を決したように大声を上げた。
「うん。どうしたの?」
「本日はどうも、ありがとうございました。あの、大変楽しゅうございました」
街灯のある所まで通ったので、遠慮がちなあすかの顔がハッキリ見える。でもなあ。ようやく話しかけてくれたと思ったらこの堅苦しさだよ。やっぱりあすかって、どこか不思議な子なんだよな。
「いやいやこちらこそ。楽しい思いをさせてもらったよ」
「誠で、ございますか?」
「もちろん。これだけ至れり尽くせりでつまらないなんて言ったら、罰が当たるってもんさ」
「それであれば、お兄様」
「ん? なに?」
「……戻ってきて、頂けませんか? 当家に……」
そう言って浮かべる、泣き笑いのような表情。
その顔を見て、さっきまで話していたつばめさんを思い出した。この儚い笑顔は、つばめさんによく似ている。
僕は言った。
「ハッキリ言うけど、僕は僕を捨てたつばめさんを今でも憎んでいるよ。でもね、それ以上にもう二度と会えないと思ってた母親が見つかって喜んでいるんだ。君ともね。でもだからといって、今の家族との絆はそう簡単に断ち切れるものじゃない。この気持ち、あすかになら分かるだろ?」
「はい……大変よく分かるお話でございます」
(お兄様……やはり、わたくしよりほみかお姉さまの方がいいのでしょうか?)
あすかは、搾り出したようなか細い声で答えた。
「ありがとう。別に、どっちが大事とかそういう話じゃないから。そう深刻に考えないでほしいな」
「そんな……」
あすかは、不明瞭な言葉を発した。
「そんなの、おかしいです」
「え? 何が?」
「あ……いえ。その……お兄様は由緒正しい名家の血を引く長男ですので、やはり、雪ノ宮に帰依することが当然ではないかと思うのです……」
月夜にほんのりと照らされた顔は、深刻そのものだった。そして、心の声も思い詰めている。明らかに、僕の回答には納得していないようだった。
「言っちゃ悪いけどさ。家族で暮らすことに『家柄』だとか『血筋』だとか。僕は関係ないと思うよ」
「しかし、お兄様の本当の家族は、わたくし達なのですから!」
突然声を荒げるあすかに、
「あ……すか?」
僕は彼女の名を呟いた。すると、あすかはハッと我に返って、
「も……申し訳ありません。でも、わたくし、お兄様に戻ってきてほしいのです。その……お兄様と一緒に暮らしたいのです」
「その気持ちは嬉しいよ。でも僕は、雪ノ宮家に行くつもりはない」
「何故でしょうか? 養育費のことを気にかけてらっしゃるなら、お母さまは十分な額をお支払いすると仰っています」
「そういう問題じゃないよ。僕が厄介になったんだから。神奈月家への恩返しは僕自身がするさ」
「し、しかし。それでは神奈月のおば様も悲しむのではないでしょうか? その、お兄様にも本当の家族と暮らしてほしいと、そう思ってるのでは?」
「僕の母さんが、そんなことを言ったの?」
「そ、それは――」
(いいえ、これはあすかの気持ちでございます!)
「あすかが思ったことを言ったわけだ。何の縁もゆかりもない子供を引き取って、父さんと離婚してからは一人で僕を育ててくれた母さんの気持ちは、君に分かるわけないよ」
「…………」
「きつい言い方でごめん。でも、これが僕の本心なんだ。確かに僕の本当のお母さんはつばめさんだ。今の母さんは赤の他人だ。でも、もう無関係ではいられないんだよ」
本当に本当のところを言えば、母さんはそこまで深いことを考えてないと思う。何というかフランクな親だし、割り切った考え方をする人なのだ。しかし、僕にとっては割り切れる問題ではないのだ。
それに、ほみかのこともある。この件で傷つくのは、何も母さんだけじゃないのだ。ほみかの泣く顔は、もう二度と見たくない。
そう、全てはほみかの為に。
「お……兄さまの、意地悪……」
あすかの言葉に、ハッとなった。
何だか様子が変だ。
「……どうしてみんな、わたくしを傷つけるのですか……。わたくしは、また独りぼっちになってしまうのですか……?」
「あすか? どうした?」
僕はあすかに手を伸ばそうとして止めた。
あすかが鬼気迫る表情で、僕を睨みつけていたからだ。
「あ……あすか?」
「うわあああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
夜の街に、あすかの咆哮が響き渡った。
と思ったが、彼女はすぐに叫び声を止め、ピタリと動きを静止した。
「おい、あすか! 大丈夫か!?」
流石に心配になり、僕もつい大きな声を出してしまう。
「あすか……? くひひ」
彼女は顔を上げた。その表情を見て、すぐに気がついた。これは、この残忍な顔はあすかではない。こんな、こんな顔をするのは……。
「ことり……なのか?」
「ぐふふ、ぐふふ」
「答えろ! 君は、雪ノ宮ことりなのか!?」
僕の問いに、彼女は邪悪な笑みを浮かべてこう答えた。
「そうだよん。ぁたしは雪ノ宮ことり。ぉ兄様を殺しに、出てきたよーん♪」




