17「もう雪ノ宮さんとは関わらない方がいいですよ」
「暴力……事件?」
僕は、思わず聞き返していた。
「あの、あすかが?」
「はい。これはあくまで噂なんですけど。でもほとんど間違いないそうです」
立花さんは身を乗り出し、声を潜め、いかにも内緒話をしますよといった風に説明を続けた。
「私も、最初この話を聞いた時は到底信じられなかったんです。雪ノ宮さんってミステリアスですけど凄く聡明なイメージがあったから」
「でも実際に、何らかの事件が起こったんだよね。そして、その事件を君は知っている」
「えっと……」
立花さんは周りをキョロキョロと見渡した。
そして、誰もいないことを確認すると、
「その前に、この話は内密にお願いできますか? 特に私から聞いたとは、絶対雪ノ宮さんには話さないでほしいんですけど」
「うん、約束するよ」
「じゃあ話します。あれは、半年ほど前のことでした。雪ノ宮さんはクラスメートの男女数人を、トイレに連れ込んで暴行を加えたらしいんです。以前から、雪ノ宮さんには悪い噂があったんです。その……普段は大人しくて真面目な人なんですけど、急に人が変わったようになるって。そして、自分が気に入らない生徒を見つけては、裏で苛めてるって。そんな噂が」
ことりだ。僕は即座に立花さんの話を理解した。彼女があすかに入れ替わって悪さをしているのだ。僕もことりには散々酷い目に合わされてきたけど、まさか学校でもそんなことをしてるとは。あすかに「気にすることはない」と、自分でもよく言えたもんだ。
「そんなような悪い噂があったものですから。暴行を受けたグループっていうのは、雪ノ宮さんの陰口を言ってたらしいんですね。それが、雪ノ宮さんには気に入らなかったのかもしれません。トイレにそのグループを呼び出して、制裁を加えたようなんです。あとから先生が発見した時には、全員床に倒れていました。腕を脱臼した生徒もいたんです。そして、倒れてる生徒達の真ん中に無傷の雪ノ宮さんがボーッと立って、ニタニタと笑っていたそうです」
立花さんは体の震えを抑えるように、両腕で自らの体を抱いた。
「その生徒達は、口を揃えて『足を滑らせて床に転んだ』と証言しているようです。勿論そんなはずないことは分かってるんですけど、本人たちが何も言わない以上は、何も追求は出来ません。でも、ほら。彼女の家、雪ノ宮じゃないですか? 家の権力と財力で騒動をもみ消したって噂されてるんです」
「そういうことか……」
僕は立花さんの言葉に頷いた。確かに雪ノ宮といえば、この町を代表する名家だ。雪ノ宮の名前を出せば、警察すら黙らせられる、というのは言いすぎだが。学校内の揉め事くらいだったら、簡単に処理することが出来るだろう。
「ちなみに腕を脱臼した生徒は復学してますけど、今でも雪ノ宮さんとは目も合わせられないそうです」
「まあ、そうだろうね」
僕は脱臼というものを経験したことはないが、骨折と脱臼だったら、脱臼の方が遥かに痛いらしい。何しろ、あまりの痛みに気絶する人もいるそうだから。
「それ以来、雪ノ宮さんの周りには、誰も近づかなくなったんです。陰口さえ叩かなくなりました。関わったら何をされるか分からないですからね。雪ノ宮さんがクラスで孤立しているのには、そういう理由があるんです」
孤立、か。知らなかった。今あすかがそんな大変な状況にいたなんて。
確かに、僕から見てもあすかは陰りがあるというか、どこか寂しげな印象がある。しかし学校に行けば仲間はずれのような目にあっているのだから、それも当然といえば当然だったのだ。
――家や学校にいると、誰もがわたくしに対して遠慮をしたり、持ち上げようとしてきます。しかし、ここなら誰もわたくしのことなど気に留めようともしません。
先程あすかに言われた言葉が、脳裏をよぎる。
「……あの、大丈夫ですか?」
立花さんが、気遣わしげな目線を送ってきた。
「うん、大丈夫」
本当は大丈夫ではなかったが、
「それよりもさ」
僕は話を進めることにした。
「君はそのことを伝えて、僕に何が言いたいの?」
「そうですよね……いきなりこんなこと言われても、ビックリしちゃいますよね」
立花さんは真剣な表情で僕を見据えた。
「私から言いたいことは、たった一つです。悪いことは言いませんから、もう雪ノ宮さんとは関わらない方がいいですよ」




