13「よければ明日、わたくしの家でお食事などいかがでしょうか?」
「わたくしの心の中には、危険な人格が潜んでいるように思えてならないのです」
あすかは恐怖に怯えるような、不安げな表情で、僕を見て言った。
ちなみにあすかのいう「危険な人格」というのは、間違いなく彼女の姉の「雪ノ宮ことり」のことだろう。
僕が反応に困っていると、あすかの心の声が聞こえてきた。
(――お兄様、その反応。やはり、知っておられたのですね。わたくしの別人格について)
知っているも何も、僕はことりに殺されかけたことがある。
ことりはあすかの実姉で、三年前に他界している。
その死んだはずのことりが、あすかの魂に宿っているというのだ。
ちなみに、ことりの性格は荒々しく、凶暴にして残忍。女子とは思えないような怪力を発揮し、ニタニタと笑いながら僕の首を絞め殺そうとした。少なくとも、お世辞にも友好的な存在とは言えない。
そして、ことりの狙いは「あすかの幸せを壊すこと」と言っていた。あすかは僕のことを一人の異性として愛しているようだし、その僕が死んだら、確かにあすかは絶望に苛まれるだろうが。
本題に入ろう。ことりの存在を、あすかに伝えるべきか? 僕の答えは「No」である。死んだはずのお姉さんが自分に取り憑くなんて、荒唐無稽にもほどがあるし。信じてもらえたとして、そのお姉さんの人格が悪さをし、僕を殺そうとしてることを知ったら、あすかは一体どんな行動をとる?
生真面目でネガティブなあすかのことだ。きっと自らを戒め、最悪死すら選ぶだろう。そんなようなことを僕は数秒ほどで考え、そして答えた。
「いや? そんなことはないんじゃない?」
いかにも困惑したように、僕はあすかの言葉を否定した。一方のあすかは、不審そうに僕の表情を窺っている。
まあ、僕の演技力にも問題があったとは思うけどね。でも、僕は知らん振りを続けなくちゃいけない。そう考える僕に対して、あすかは恐る恐る、
「し、しかし。わたくしのような年齢で意識が急に飛ぶなど。いかにもおかしくはございませんか?」
「えっ? そう? 単純に疲れてるからじゃない? 勉強のしすぎとか」
「いえいえそれにしても。気づいたら日付が変わっていたり、酷い時には、一日の記憶が丸々抜け落ちてる時がございます。これも、おかしくないと仰るのですか?」
「あー、ここの所暑かったからね。水分補給は小まめにしないとダメだよ? 睡眠は? ちゃんと採ってる? なあに、美味しいもの食べてしっかり休めば、そんな症状すぐに無くなるさ」
「し、しかし……」
「大体さ」
僕は、あすかの言葉を早めに遮った。
「今のところ、何か問題が起こってるの? 少なくとも僕には、何の危害も及んでないけど。あすかの中に別の危険な人格が潜んでいるとして、そいつが周りに迷惑をかけてるっていうなら、相応の実害が出てるんだろうね?」
「いいえ。わたくしも不審に思い、家の者や同級生に聞いたりしたのですが、皆は口を揃えて『何もされていない』と言うばかりでした」
「ほら、それが証拠じゃない? 大丈夫、あすかの考えすぎだよ。何も事件は起きてないんだから、気に病むことなんてないさ」
「……そう、でしょうか」
(……お兄様の仰ることです。間違いはないとは思うのですが……)
明らかにまだ納得していないような顔で、あすかは口をつぐんだ。
まあ、そうだろうな。僕だって自分の説明に無理があることくらい分かってるさ。でも、本当のことを言えばあすかは自殺するかもしれない。ことりのことをもっと詳しく知るまで、あすかには知らぬ存ぜぬを決め込むつもりだった。
「……分かり、ました。お兄様の仰るとおり、少し気にしすぎていたようですね……」
幸いにも、あすかは僕の拙い説明で渋々ながら納得してくれたようだ。
「申し訳ありません。本来は、このような話をするつもりはなかったのですけど。お兄様の優しさに、つい甘えてしまいました。重ね重ね、お詫び申し上げます」
「いやいや。謝る必要なんかないって」
僕の制止の声も聞かず、彼女は僕に向かってペコリと頭を下げると、
「かしこまりました。今の話は忘れてくださいまし。それでは、本当の本題に入らせて頂きますが、お兄様。明日ですが、何かご予定がおありでしょうか?」
「いや、特にはないけど……」
僕がそう答えると、
「そうでございますか。それは好都合にございます」
さっきまでの浮かない表情が、一転して満面の笑みになる。
その笑顔を見て、僕はどうしようもなく嫌な予感がした。
嫌な予感というより、彼女が次に何を言うのかは予想がついているんだけど。
予想に漏れず彼女は、佇まいを直すと僕に向き直りこう言った。
「よければ明日、わたくしの家でお食事などいかがでしょうか?」




