12「歌えばいいんでしょーっ! 歌えばー!!」
ここは学校からほどよく近い街中のカラオケ店。それぞれの好きなソフトドリンクが入った、精密な細工のグラス。煌びやかなライト照明。モダンなガラステーブルもあって、カラオケ店というよりはお洒落なバーといった感じだ。
「――さあ、誰から歌う?」
僕は曲を入れるタッチパネルの機械を、三人の前に置いて尋ねた。
「ふん! 言いだしっぺなんだから、バカ兄貴から歌いなさいよね! これ、あたしの歓迎パーティなんでしょ!?」
(ほみか、トップバッターなんて無理無理! まずお兄ちゃんの歌から聞きたいの! お願い、ほみかのためにラブソング歌って♡♡♡♡♡)
「えっと……わたしも一曲目はちょっと、かな。緊張するもの」
(わたしは、透ちゃんとデュエットがいいな! すっごくラブラブなやつ♡♡♡♡ 一緒に腕組みながら歌うの! 白輝さんとほみかちゃんの歌はどうでもいいから)
「……ルーム料金もったいないですし、誰も歌わないなら私が歌いますよ?」
(……全然自信ないですけど、最後に回されるよりはマシです)
僕の問いに、ほみか、りおん、アリサさんの三人が答える。
「お、アリサさんが歌うんだね。じゃあ、はい。マイク」
僕がマイクを差し出すと、アリサさんは少し強張った表情で受け取った。
そして、曲を入力すると歌いだした。
「へえ……」
「すっごーい……」
「むう……」
僕、ほみか、りおんの順に、それぞれ感嘆の声を漏らす。
アリサさんが歌ったのは洋楽だった。ためらってばかりいないで、あるがままの自分を見せていこう。そんな歌詞を、透き通る綺麗な声で見事に歌い上げていた。
(でも、どこか寂しげなんだよな……。あ、そうか……アリサさんは、自分と重ね合わせて……)
歌詞の内容と、アリサさんの現状がそっくりなことに気づく。歌詞中の主人公は自己主張を上手くできない。アリサさんも、同じく本当の自分をさらけ出すことが出来ないでいる。いや、それはアリサさんだけじゃない。ほみかも、りおんも。そして、僕も……。
アリサさんが歌い終える。
点数は八十九点。上手ではあったんだけど、声量がなかった分マイナスされたようだ。
「ふうっ――。こんなものでしょうか……」
(……ど、どうでしたか? 神奈月さん。私、下手じゃなかったでしょうか?)
余裕そうな口ぶりながらも、不安そうな心情を吐露するアリサさん。
そんな彼女に対して――僕は惜しみない拍手を送った。
「凄いよ! 素直に感動したよアリサさん! こんなに歌が上手かったなんて……いや、歌だけじゃない。歌に込めるアリサさんの気持ちも伝わってくるものがあったよ!」
「……別に、気持ちなんて込めてません」
(あ……ありがとうございます…………そんなに褒めてもらえるなんて、嬉しくて恥ずかしくて死んじゃいそうです)
そう、はにかみながら答えるアリサさんは、とても美しかった。
ライト照明に映し出された白い肌は、まるで雪の結晶を連想させたからだ。それでいて、腰元まで垂らされた真っ白のストレートヘアーは、オーロラのように吸い込まれそうな輝きを見せている。同じ人類とはとても思えなかった。
「と、透ちゃん!」
僕のことを睨みつけながらりおんが叫ぶ。
その姿に、僕は危機感を覚えていた。ツンデレ病やクーデレ病よりも、ヤンデレ病は危うく繊細な病気であるからだ。僕が返事を返す前に、りおんは僕から機械を奪って曲を入力した。
「次は、わたしが歌うね!」
と、ポカーンとする僕を置いてけぼりにして歌いだすりおん。
その歌声だが――――
「うっそ。りお姉うますぎ! プロ並みじゃん!」
ほみかが、りおんの歌に聞き惚れている。
ほみかだけじゃなく、アリサさんも、そして僕もだ。
「これって……ラブソングか」
僕は呟いた。歌詞は、片思い中の彼に告白したいけど出来ない、という王道のバラードだった。歌そのものは滅茶苦茶上手かった。聞くのが心地よいくらい、真っ直ぐに通る声。しかし、それ以上に心に響くものがある。
――りおんは、僕だけを見て歌っていたから。
ほみかやアリサさんには一切目もくれず、ひたすら僕だけに熱視線を送っている。顔をほんのりと桜色に紅潮させながら、白い喉をビクビクッと震わせながら……。
これはきっと僕だけに向けられた歌。
それが、少し気恥ずかしかった。
「すっごーい! りお姉歌上手いんだね! 今度コツ教えてよ!」
「うふふ。いいよ~」
「……何ていうか、迫力が凄かったです」
と、曲が終わった後でキャアキャアはしゃぐ女子達。かく言う僕も、歌い終わったりおんに「どうだった? どうだった?」としつこく聞かれ、「最高でした」と何度も言わされたのだが。
ちなみに、りおんの点数は九十六点だった。音程、抑揚、ビブラート。全てに置いて高水準だったようだ。
さあ、あと歌ってないのは僕とほみかだけだ。僕はほみかに視線を送ると――
「な、何よ! 何見てんのよバカ兄貴! ま、まさかあたしにも歌えとか言うんじゃないでしょうね!?」
(あううううっ。ほみかダメええええ。自信なくなっちゃったあ。この二人の後に歌える自信ないよう。タンバリン叩くから、許してお兄ちゃああああああん)
うん、妹よ。本音も建前も両方情けないぞ。
「いいじゃないか、別に。ほみかの歌、お兄ちゃんも久しぶりに聞きたいな」
僕がそう言うと、
「わたしも聞きたいな、ほみかちゃん。今日の主役はほみかちゃんなんだし、沢山歌わないと損だよ?」
「……そうです。私達も歌ったんですから」
という、りおんとアリサさんからの援護射撃があった。
おっ、これは面白くなってきた――と、意地の悪い笑みがこみ上げてきた。
僕だけならいざ知らず、この二人に勧められては、流石のほみかもやらざるをえないからだ。
「……わかった、わよ、歌えばいいんでしょ」
ほみかは覚悟を決めたようだ。りおんからマイクを受け取ると、スーッと息を吸って呼吸を整えた。
そして、ほみかはマイクに向かって大声で叫んだ。
「歌えばいいんでしょーっ! 歌えばー!!」




