7「りおん。引き分けでいいね?」
「ん……うん……」
と、りおんは苦しげに喘ぎ声を漏らした。
ここは保健室、時刻は夕方五時過ぎ。当然ながら、六時限目の授業は抜け出して、僕とほみかでりおんの看病をしていたのだった。流石にほみかはもう帰らせたけど。
「おっ、りおん。目が覚めたか?」
「ん~? ん~……」
僕は椅子から身を乗り出して呼びかけるけど、りおんは反応こそすれ、布団から起き上がってはこなかった。
「困ったな。でもまあ、命に別状はなくなったようだし。あとは先生に任せて、僕も帰ろうかな?」
「う……うう……」
「ああ、ここで起きてくれたら。僕がキスしてあげてもいいんだけどなあ」
僕がそう呟くと、
「ほんと!? 透ちゃん!!」
りおんは、ビックリするくらいのスピードで覚醒し、ガバッと布団を蹴飛ばし跳ね起きた。さっきまで死の淵を渡り歩いていたっていうのに、この現金さは呆れるというより逆に感心してしまう。
「あれ? 透ちゃん……キスは?」
「その前に。りおん、ここがどこだか分かるかい?」
「ふえ?」
きょろきょろ。
きょろり。
りおんは室内を隅々まで見渡すと、最後に視線を僕へと戻した。
「あれえ? ここ、保健室? ……てことは」
声のトーンが徐々に落ちていった。おそらく、現状を理解したのだろう。アリサさんとの水泳対決の途中で溺れて、意識を失ったってことに。つまり――
「そっか……わたし、溺れたのを透ちゃんに助けてもらって。負けたんだね」
「……それは」
「無理しなくていいよ。あれは、どう考えてもわたしの負け。勝負の前に、わたしも白輝さんみたいにストレッチしとけばよかったね」
「…………」
落ち込むりおんに、僕はかける言葉が見つからなかった。
そのとおりだ、と言ってしまえばそれまでだけど、りおんはりおんなりに、真剣に僕のことを思ってアリサさんに勝負を申し込んだんだ。
「ふふ。自分から自信まんまんに勝負を持ちかけたのに、わたしったらバカみたい。白輝さんなら余裕で勝てるって油断して、挙句の果てに透ちゃんにまで迷惑かけるなんて。ほんとサイテーだよね」
「りおん……」
「うん、負けは負けだからね。条件を反故にするのはよくないし。残念だけど、約束どおり透ちゃんには今後一切――」
「ちょっと待って」
自嘲気味に呟くりおんの言葉を、僕は途中で遮った。だって、明るい言い方とは逆に、りおんは泣きそうな表情をしてたから。
りおんには、そんな顔をさせたくないから。
「勝負はナシだ。引き分けだよ」
「……えっ?」
「もう一回言うよ。この勝負は引き分けだ」
「えっと、でも、わたしは、その」
「途中で終わったんだから、イーブン。何か文句ある?」
「も……文句とかじゃなくて!」
「言っておくけど、これはアリサさんも了承してるんだ。勝負は、次に持ち越しだってね。相手も受け入れてる上に、僕を審判に指名したのは君だよ? 審判の言うことに逆らうのかい?」
「う……うう」
「りおん。引き分けでいいね?」
「う、うん。分かったよ! ありがとう、透ちゃん」
霧が晴れたようにパアッと輝く笑顔で、僕に礼を述べるりおん。
まあ、僕もどこをどう考えてもアリサさんの勝ちだとは思うけど。これだけボロボロになるまで戦ったんだから、引き分けにしたっていいだろう。
それに、この眩しい笑顔を見れなくなるのは、ちょっと困るからね。




