3「……いいでしょう。私は、一歩も引きません」
「……私と勝負、ですか?」
アリサさんは、そう聞き返した。
その表情に、怯えの色は全く見えない。
そして、ゆっくりと立ち上がった。りおんも、アリサさんの眼前に向かい合う。
真剣な表情で睨み合う両者。先に動いたのは――
「ちょっと待ってよ!」
意外にも、ほみかだった。彼女は二人の間に割って入ると、
「もういいでしょ、りお姉! アリサさんも、少し落ち着いてよ!」
左右に首を動かしながら、懸命に両者を説得するのであった。
「そうだよ。二人ともやめなよ」
僕はほみかの肩に手を置き、ビクッと体を震わせるほみかに「大丈夫だよ」と目線で合図を送った。
すると、ほみかは僕と目を合わせながら、心の中で……。
(おおおおおおおお兄ちゃん! 今の、いわゆるペッティングって奴だよね? じゃあ、セックスまでもう一歩だね! てか、今しちゃう? 今青○しちゃううううううう?)
うん……。
今この状況でそんなことを考えるとは。
お兄ちゃんお前が情けなくなってきたぞ。
「と、とにかく。喧嘩はよくないよ。特にりおん。あんまりカリカリしないで、もう少し冷静に……」
「――透ちゃんは黙ってて?」
(――邪魔するなら、透ちゃんでも容赦しないよ?)
ゾッとした。
僕を見つめるりおんの目からは、光が消え冷たく濁っていたからだ。
りおんは、能面のような表情でキッと僕を睨みながら、
「大体、透ちゃんが悪いんだよ!? 白輝さんのことをちゃんと拒まないから! あの時だってそうだよ! 結婚式を中止させるのが目的だったはずなのに、いつの間にか透ちゃんが白輝さんと結婚する流れになって! それに、キスまで!」
「あー……。それについては、ごめん」
「わたしには、一度もキスしてくれたことないのに! というわけで透ちゃん、わたしにもキスして!」
「いや、それとこれとは話が違うだろ」
いや、別に違うこともないか?
式場の事件の後で、明らかにアリサさんの態度が急変したんだから。
どっちにしても、僕が優柔不断なのが悪いか。
だからこそ、責任を持って二人の喧嘩は止めなければいけない。
「とにかく。誰が何と言おうと、白輝さんと決着をつけるよ」
しかしりおんは、僕の話を全く取り合わず、アリサさんへと向き直る。あたかも捕食者が、狩りの最中獲物しか目に入らなくなるように。
「ねえ、白輝さん? まさか、逃げるだなんて言わないよね?」
怪しく目を細めながら、りおんは笑う。
これは罠だ。アリサさんに対して、断りづらい空気を演出してるんだ。アルビノのアリサさんは、体力があまりない。メラニン色素が欠乏して日に長く当たれないため、体育の授業はほとんど欠席しているくらいだから。
一方のりおんは、運動神経抜群。
真面目に、運動部からスカウトが入るくらいだ。
そのりおんとアリサさんが競泳なんかしたら、勝負は目に見えている。
「……いいですよ。受けましょう」
しかし、アリサさんはりおんの挑発など、まるで意に介さず、
「……例えどんな勝負でも、私は負けません。透さんは、あなたには渡しません」
「うんうん、そうこなくっちゃ。ところで、負けた際の罰も決めておこうか。じゃないと、張り合いがないからね。どう?」
「……私は、別にいいですよ」
「へー。すっごい余裕。白輝さんって、大人しい人かと思ったら意外に気が強いんだね♪」
りおんは、可愛らしく目を見開いたかと思うと、
「……それで、罰だけど」
すーっと。
再び鋭く、冷酷な眼差しに戻る。
優しい学園のアイドルが、狂気のヤンデレへと。この瞬間変わったのだ。
「負けたほうは、今後一切透ちゃんに近づかないっていうのはどうかな?」
「!?」
ほみかの、息を呑む音が聞こえた。
それは、僕も同じだった。まさか、こんな条件を突きつけてくるなんて。
「白輝さん、透ちゃんのためなら、何だって出来るんでしょ? 口だけじゃないなら、それくらいのルールは守れるよね?」
ガラス細工のように人間味を感じさせない瞳で、詰め寄るりおん。
しかし、アリサさんは全くたじろぐことなく、むしろ胸を張って、こう言い返した。
「……いいでしょう。私は、一歩も引きません」




