1『愛してます、透さん♡』
しょっぱなではあるが、後日談を聞いてもらえるだろうか。
僕とアリサさんの結婚は、結局うやむやになった。
というのも、僕はアリサさんとの婚約を持ちかけてくるクリスティーナさんに、
『すみません。お気持ちは嬉しいのですが、僕は一介の高校生である身。一人の女性の生涯を支えていくには、あまりにも未熟なので、お嬢さんとの結婚に対しては、どうか考える期間を設けては頂けないでしょうか?」
……と言うことで、何とかスピード婚から逃れることが出来たのである。
しかし。当然ではあるが、それで全てが解決したわけではない。
振り返れば、七年ぶりにツンデレ病を患う妹、ほみかと普通に暮らしていくはずだった日常が、りおんのヤンデレ化を期に、突然の修羅場と化したのだった。
りおんのヤンデレ病には苦労させられたが、憎悪の感情を読み取る僕の能力、「共感性症候群」と、ほみかの必死な説得の甲斐あって、何とか元の鞘に収まることができたわけだけど――ここにきて、新たな問題が発生した。
僕の本当の妹を名乗る少女、雪ノ宮あすかの登場だ。これには本当に驚いた。幼い頃生き別れになった母が子供を産んでいたこともそうだが、問題なのはあすかのもうひとつの人格、ことりだ。
礼儀正しく、お淑やかなあすかとは正反対で、ことりは好戦的で危険な性格。
そのことりが、あすかの中に潜んでいて、いつまた出てくるかも分からない。
彼女とも、いずれ決着をつけなければいけないんだけども……。
回想は、ここまでにしておこうか。
りおんやあすかの問題はまだ残っているけど、今僕が直面している最大のピンチ。それはズバリ、クラスメートで親友である、白輝アリサさんについてだ。
望んでいない相手との結婚を強いられたアリサさん。
その結婚式を、僕はぶち壊したのだった。
僕だけじゃなく、ほみか、りおん、あすかの協力もあって。無事にアリサさんと青木ヶ原の婚約は解消された。
そして、残った問題がひとつ。
クールビューティだったアリサさんが、まさかのデレ期に入ってしまったのだ。
普段の冷静さは影を潜め、僕に対して好き好きアピールをするアリサさんのデレ期は、全く終わる気配を見せず、僕らの夏休はそのまま終了したのだった――。
「……透さん♡」
「……なに? アリサさん」
夏休みが終わって二学期の教室、僕はアリサさんに寄りかかられていた。
白輝アリサ。
アルビノのアリサさんは生まれつき遺伝情報が欠乏していて、その肌はまるでおしろいを塗ったように真っ白だった。
そう、肌の色から眉毛から髪の毛に至るまで、全てが真っ白なのである。
その神秘的で美しい容姿もそうだが、そのクールな態度は周囲の人間を寄せ付けない。まあ、心の中だと、常に僕に対してはデレデレだったんだけどね。今は、その『心の中』が表面化しているわけで。
アリサさんは授業中にもかかわらず、机をピッタリ寄せて、彼女は僕の肩にしなだれかかって、腕を絡めている。押し付けられた胸は同じ人間の体とは思えないほど柔らかくて、彼女自身からも女性特有の甘い香りがしていた。
「……うふふ、何でもないです。呼んだだけです♡♡」
「えーっとさ、アリサさん」
僕は横目に――といっても、すぐ目の前にいるのだが――アリサさんを見ながら、注意をする。
「分かってると思うけど、今は授業中なんだよ? 意味もないのに呼ばないでもらえるかな」
「……何を言うんですか、透さん」
アリサさんは止めるどころか、絡みつく腕に更に力を強めてきた。
「……私達はデートどころか、結婚までした仲なんですよ? 妻が夫に甘え、愛情表現をする。これはもう常識じゃないですか?」
「いやいや。その話は結局流れたじゃないか。クリスティーナさんだって、今すぐ答えを出さなくていいって言ってくれたし……」
「……言い訳は見苦しいですよ? 私の処女膜まで破っておいて。大人しく、私の愛を受け入れてください」
「うん、嘘をつくのは止めようか」
「……それともなんですか、透さん」
アリサさんは、美しいルビーのような赤い瞳を細めて、
「……あの夜のことは、全て遊びだったとでも……?」
「あーだから、そういう嘘はやめてよ。じゃないと嫌いになるよ? ――いや、まあ、違うんだよ。そんな泣きそうな顔しないで。アリサさんのことを、嫌いになるはずないじゃないか。それに……」
「えー、そこ。うるさいぞ」
黒板に板書していた教師に、僕は注意されてしまった。
「ほら、怒られちゃったじゃないか。だから、僕は言ったんだよ」
「……それはすみませんでした。……ところで、透さん」
「な、なに?」
アリサさんは僕の耳に口を近づけると、ふうっと息を吹きかけ、
「……大好きです♡」
「えっ! えっ! な、なんだよ急に……」
突然のことに、僕が大声を上げて狼狽すると――
「神奈月! いい加減にしろ! お前は静かに授業を受けられんのか!」
と、再び入る教師の叱責。
授業の邪魔をされた恨みからか、激しく肩をいからせている。
「まったくお前たちときたら。学校は遊び場じゃないんだぞ? 乳繰り合いたいなら、せめて放課後にしろ。特に白輝。お前は真面目な奴だと思ってたのに、急になんだ? 神奈月とイチャイチャし始めて」
そう。
例の事件の後、アリサさんはデレ期に入りっぱなしなのだ。
デレ期というのは、アリサさんの場合だと普段クールなのが一転して、デレデレの状態になることである。アリサさんは表面上はいつも知的で冷静だったから、デレ始めるとその破壊力もヤバいんだよね、これが。
前に、妹のほみかがこのデレ期に入ったことがあるが。
ほみかの場合はツンデレ病で、僕に対していつもツンツンしていたのとは逆に、デレデレな態度をとり始めた。
しかしそれもすぐのことで、僕が入院中目を覚まし、また眠りにつくまでのわずかな時間だけだった。
……要するに。
何が言いたいのかというと、デレ期のリミットには個人差があるということだ。
それか、何か特殊な条件があるということ。
どちらにせよ、このデレ期の謎を解明すること――それこそが、ほみかのツンデレ病を治す一番の近道になるはずだ。
もちろん、りおんも。そして、アリサさんも。
僕がそんなことを考えていると。
ちょんちょん。
アリサさんが僕の肩を指でつついてきた。
僕はアリサさんに向き直って、
「今度はなに? アリサさん」
「……」
アリサさんはニッコリと笑いながら。
無言で自分のノートを指差した。そこには、
『愛してます、透さん♡』
そう、中央にデカデカと……やたら達筆な文字で書かれていた。うーん、なんだかなあ。まるで恋を覚えたての小学生みたいな。可愛いんだけど流石に学校の中で、このテンションは勘弁してほしいな。
一刻も早くアリサさんのデレ期を治そう。
僕は心の中で、硬く誓うのであった。




