53「結婚式は――中止です!」
そして。滞りなく式は行われた。一部例外をのぞいて。
省略しつつも、その様子をかいつまんで説明していこう。
まずは、新郎新婦の入場。これが一番盛り上がった。アリサさんは当然として。青木ヶ原もまた、洗練された上質な白のタキシードを着て、これがまた悔しいことにとても似合っていた。
客数はおよそ数百人。親族、親戚一同は言わずもがな。中には有名歌手や、政財界の大物なども参席していて、この結婚式の規模の大きさがうかがえる。
僕らは、一番端っこのテーブルに着席していた。
ここで、司会者から長ったらしい新郎の紹介が行われる。生まれがどうだの、性格がどうだの、家族や友人とのエピソードがどうだの、全てが嘘っぱちだった。しかし、誰も意義を挟む者がいないどころか、紹介が終わった後には拍手まで起こる始末。おそらく、青木ヶ原は自分の本性を、金にものを言わせて徹底的に隠してきたのだろう。
その後は、祝辞と乾杯の音頭。青木ヶ原の通う有名大学教授の祝辞という、絵に描いたような金持ちっぷりだ。その祝辞も青木ヶ原を褒め称えるような内容しかなく、居眠りしてしまいそうなほど退屈なスピーチだった。
事件が起こったのは、ビデオレターのイベントの時だった。
ビデオレターとは、夫婦の門出を祝うための余興。
つまり新郎新婦の思い出や、友人知人からのメッセージを流して、場をなごませよう、感動させようというコンセプトだ。
『えー、ご歓談中かとは思いますが、あちらに用意されたモニターをご覧ください』
司会者の声に従い、手を向けられた方を見る。
そこには、大型のスクリーンがあった。あそこに映像を流すんだろうか。
『これよりお二人のお人柄と、その生い立ちを紹介したビデオを、上映させていただきます。さあさあ、どんな面白秘蔵映像が飛び出すことやら!』
どっ
はははははははは
司会者のジョークに、お客は皆笑い声を上げる。まあ、ビデオレターといっても先ほどの紹介と同じで、青木ヶ原を持ち上げる内容しかないのだろうけど。
しかし、こんなことをしてていいのだろうか。この式が終わったらアリサさんは、青木ヶ原のお嫁さんになってしまうのだ。
僕は苦悩したが、下手に考えるのはやめておいた。
今はただ、心の中でアリサさんがいった『作戦』とやらに期待を託そう。
そうこうしてる内に、ムービーが上映された。
しかしそこで映し出されたものは、とんでもないものだった。
『――ひゃははははは! ボケが! カスが! どうだ! これがスーパー金持ちの高等テクニックってやつだ! 思い知ったか! 貧乏人風情がよおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
流された映像は昨日、青木ヶ原が僕のことをボコボコに殴った時のものだった。
「なにあれ……?」
「CGでしょ?」
「いや、本当に殴ってるぞ、あれは……」
ざわざわ、がやがやと。お客さん達は口々に騒いだ。
「な、なんだこれは……み、皆さん! 落ち着いてください! これはただのイタズラです!」
青木ヶ原は立ち上がり、必死になってお客に呼びかけるが。
動画内の青木ヶ原は歪んだ笑みを浮かべつつ、
『バカな奴だてめーはよ! たかが女一人のために体張りやがって! 俺にとっちゃアリサなんざ、山ほどいる妾の一人に過ぎねーってのによお!』
と、叫んでいた。これが決め手だった。その叫びは迫真すぎて、もはやCGだとか、イタズラだとかいう言い訳は通用しない。お客達の反応は、怒りの声を上げる者もいれば、悲しみに暮れる者もいる。僕はそのどちらでもなく、むしろポカンとしていた。昨日青木ヶ原と喧嘩をした時、まわりには誰もいなかったはず。すると、あの映像を流したのは……。
「青木ヶ原さん? これは一体、どういうことでしょうか?」
僕の思考を遮ったのは、青木ヶ原に冷徹に問いかける、クリスティーナさんの声だった。その声ひとつで、ざわざわしていた会場が、一瞬のうちに静まり返る。
「……い、いや、ですから、その……」
あたふたしながら答える青木ヶ原。
それもそうだろう――正直、僕もかなりビビッている。
クリスティーナさんから放たれる殺気に。
「これは、明らかに暴行ですよね? 神奈月さんの顔を見て、おかしいとは思っていましたが。こういうことでしたか。刑法208条、暴行罪に相当します」
「……ち、違うんです! クリスティーナさん! 話を聞いてください!」
「――それに」
クリスティーナさんは青木ヶ原の弁解を無視して、モニターを指差して、
「『たかが女一人』というのは、どういう意味なのでしょうか? あなたはアリサのことを愛していると誓ったはずじゃないですか? それが、アリサのお友達の神奈月さんを、こうして痛めつけている。これは、到底許されることではありません」
「で、で、で、ですから、これは――」
「他にもあります。『アリサは山ほどいる妾の一人にすぎない』と。あなたは……あなたは、他に何人もの女性を囲っておきながら、アリサに結婚を迫ったと。そういうことですね? これはもう、結婚どころの騒ぎではありませんね」
「ク、クリスティーナさん!? ということは――」
「はい。もう決めました」
クリスティーナさんは息を一つつくと。
ギン、と凄みのある視線で青木ヶ原を睨みつけた。
「あなたのような人間の元には、アリサをお嫁に行かせません。結婚式は――中止です!」
その言葉は、正に刀だった。
抜き身の刀が、青木ヶ原の首を一刀両断にしたのだった。
「あなたのことは、刑事告訴させていただきます。慰謝料の請求も億単位でさせていただきますので、覚悟しておいてください」
「……しょ、しょんな……」
舌を出しながら声を震わせて、呂律がまったく回っていない。
そんな青木ヶ原を、式場スタッフが連れ出す。
連行されながら、ピクピクと痙攣するその姿は、死にかけのカエルを思わせた。
「ど、どういうこと!? ねえバカ兄貴、一体どうなってるのよ!」
と、ほみか。
「透ちゃん……これ、どういうこと? 階段から転げ落ちたとか嘘ついてたけど、あの人にやられたんだね? うふふ、そっかあ。じゃあ、あの人には生きていることが苦痛になるくらいの拷問をしないと駄目だよね?」
と、りおん。
「青木ヶ原の悪評はわたくしも密かに聞いていましたが、まさかこれほどとは……。しかも、わたくしのお兄様に暴力を振るうという悪行。雪ノ宮家の総力をもって、青木ヶ原家の血筋を根絶いたします」
と、あすか。
「ま、待って! 三人とも落ち着いて! 僕にも、何が何だかわからないんだよ! 大体――」
三人の、多種多様な質問や主張に答えていた時だった。
マイクの「キーン」というハウリング音が会場内に響いた。その音で、大騒ぎになった観客達が、一瞬静寂に包まれる。
「……皆さん、お静かに願います」
その言葉を発したのは、アリサさんだった。
見ると、マイクを持ったアリサさんが、いつの間にか壇上に上がっていた。
「……先ほどのビデオを流したのは、私です」
その発言に、ガヤガヤする観客達。
アリサさんはすうっと息を吐くと、こう言った。
「……今回、どうしてこのような事態になったのか、全ての経緯を、全ての思いを、私、白輝アリサから説明いたします。お聞き苦しいところもあるかと思いますが、皆さん、聞いてください」




