52「一緒に逃げよう! こんな所!」
「先ほどは大変申し訳ありませんでした。さあ、どうぞお入りくださいませ」
プランナーさんは何度もブンブンと頭を下げると、扉を開き、僕達を控室の中に入れてくれた。
「あ……アリサ、さん……?」
すぐに椅子に座っていたアリサさんと目が合い、僕は驚きの声を上げた。
そこにいたのは、まさに純白の天使だったからだ。
ウエストでラインの切り替わる、スカート部分が裾に向かって、大きくふくらんだ形のウエディング・ドレス。真っ白なアリサさんの肌をさりげなく強調するような、肩と胸元をほどよく露出したデザイン。上品でいて、それでいて華麗で清楚。まるで、至高の芸術を体現したような美しさだった。
「わあ……」
「むう……!」
「まあ……」
ほみか、りおん、あすかも、アリサさんの美しさに感歎の声を漏らした。
「神奈月さん……? 来て、くれたんですか……?」
アリサさんが、僕の姿を見て目を見開いた。
立ち上がった瞬間、ベールと、ティアラで着飾った銀色の髪がふわりと揺れる。その美麗さに、一瞬どきっとしてしまった。
「アリサ。お座りなさい。ドレスが汚れるわ」
僕らに駆け寄ろうとしたアリサさんを、クリスティーナさんが阻む。
紫陽花柄の着物を着たクリスティーナさんが、雅な微笑を携えて僕達に挨拶する。
「まあまあ。神奈月さん。それに、アリサのご学友の方たちですね? 本日は、ようこそいらっしゃいました」
何も声を荒げていない。むしろ、物静かで落ち着いた声色といっていい。
しかしなぜか、クリスティーナさんが声を発しただけで、その場に言いようのない緊張感が走ってしまう。
ほみかも、りおんも。その威圧感に飲まれてしまったようだ。
「引っ込み思案なこの子にも、こんなに沢山のお友達ができたのですね。母として、大変嬉しく思いますわ」
そう言って、クリスティーナさんは深々とお辞儀をする。心が読めないので、本心かどうかは図りかねる。
「それに、まさか雪ノ宮家の方までいらっしゃるとは、夢にも思いませんでした」
クリスティーナさんは、あすかにチラリと目を向けて言った。
そうだ。あすかのことを何と説明しよう。
僕が急いで口を開こうとしたとき――。
「ご心配には及びませんわ。クリスティーナ様」
先に、あすかが言った。
僕に「わたくしにお任せください」というような目配せをして。それを見て僕は、この場はあすかに委ねることにした。
何しろあすかがいなければ、僕らはここに来ることも出来なかったのだから。
「わたくしたち、何も今日の式を邪魔しにきたわけではありませんの。ただ、結婚式に参席させていただきたいと思っただけですわ。いかがでしょう、おば様」
「ようございますよ」
流麗に受け答えるクリスティーナさん。
どうやら、この二人には面識があるらしい。まあ、白輝家と雪ノ宮家といえば、この町を代表する名家だ。面識の一つや二つ、あってもおかしくはないが。
「しかし、雪ノ宮の方と神奈月様がお知り合いだとは気づきませんでしたわ。一体、どのような――」
「――それは、貴家には関係のない話でしょう?」
あすかの放つ、静かな威圧感。
「…………」
その迫力に、流石のクリスティーナさんも気圧されたようだ。
雪ノ宮家と白輝家。
どちらに優劣があるのか。それだけで分かったような気がした。
「これは、失礼いたしました。わたくしとしたことが、立ち入ったことをお聞きして、申し訳ありません」
そういってクリスティーナさんは、涼しげな顔であすかに頭を下げた。
お金持ちというだけで、こうも待遇に違いがあるとは。
「……クリスティーナさん」
僕は声をかけた。
「もう一度、よく考えてくれませんか? アリサさんとよく話し合って、それから決めてくれませんか?」
僕は切々と訴えた。
クリスティーナさんは、気遣わしげな視線を僕に向けて、
「あなた……そのお顔はどうなさったの?」
「これは……色々ありまして」
そう。
この怪我は、青木ヶ原に殴られてついたものだ。
幸いにして、骨折や打撲などの酷い怪我にはならなかったけど、それでも内出血や腫れは多少残っていた。このことを公表すれば、青木ヶ原との結婚を中止にすることも出来たかもしれない。しかし何の証拠もないし、また言ったところで誰も信じてくれないだろう。
そう、僕は無力だ。
無力だからこそ誠意と熱意で、クリスティーナさんの心を動かすしかないのだ。
「そうですか……。お大事に。昨日はごめんなさいね。大変失礼なことを申し上げました。アリサのことを思うあなたのお気持ちには、感謝しておりますわ」
クリスティーナさんは、僕に一礼をすると立ち上がった。
そして、アリサさんの隣に近寄る。
「さ、そろそろ行きましょう。アリサ……」
「待ってください!」
僕は、アリサさんとクリスティーナさんの間に立ちはだかった。
事を荒立てないという約束だったが。
そんなことは関係ない。
たとえ警察を呼ばれたっていい。
アリサさんが……。
あんな、女性を女性とも思わないような男と。
金目的で結婚すると、ハッキリ言い切るような男と。
アリサさんが結婚させるなんて――我慢できなかった。
「行っちゃ駄目だ! アリサさん!」
僕は叫んだ。
クリスティーナさんも、あすかも、みんな、驚いている。
しかし、それでも構わずに僕は言葉を続けた。
「一緒に逃げよう! こんな所!」
そう言って、僕はアリサさんに手を伸ばすが――
アリサさんが、僕の手をつかむことはなかった。
「……神奈月さん、ダメです」
「どうして!? 勘当されたって、僕の家にくればいい。そうすれば――」
「……いいえ」
アリサさんは、僕に凛とした表情で向き直った。
そして今までとは違う、毅然とした声でこう言った。
「……余計なことはしないで、黙って見ていてください」
(……大丈夫。私には作戦があります。心配しないでください)




