51「どうして……? お兄様のために、決まっているではありませんか」
翌日、僕はほみかやりおんと共に、アリサさんが式を挙げるという結婚式場へと足を運んだ。式場というよりもはや宮殿に近いが。高い堀に囲まれた会場内に入ると、白いレンガが敷きつめられていて、その先には四季折々の花々や緑が植えられていた。
「……! すごい建物ね……!」
ほみかが会場を見上げながら、感歎の声を漏らした。
それもそうだろう、会場から駐車場にいたるまで、全てが絢爛豪華な雰囲気にあふれているのだから。
「わぁ……! こんなところで透ちゃんと結婚できたら、サイコーに幸せだろうなあ……」
りおんは恍惚に浸っている。でも、今はそれどころじゃないだろう。
「二人とも。目的は忘れてないだろうね? 今日は僕達、アリサさんのお母さんに直訴しにきたんだから」
そう。
今日僕達がアリサさんの結婚式場に来たのは、他でもない。アリサさんと青木ヶ原の結婚式を中止にしてもらうよう、頼みにきたのだ。
ちなみに僕は黒のタキシード。
ほみかは赤色のワンピース、りおんは青のイブニングドレスを着ていた。
「分かってるよう。ちょっとぐらい、夢見させてもらってもいいじゃない!」
りおんは、ジト目になりながら僕に不服をもらした。
直訴といっても、強引にではない。強行手段に出る気もない。あくまで「お願い」をしにきたのだ。だから……クリスティーナさんが首を縦に振らなければ、それまでだ。
でも、それでもよかった。
「じゃあ、行こうか。とりあえず控え室に行こう。アリサさんもクリスティーナさんもいるはずだ」
僕がそう言うと、ほみかとりおんは覚悟を決めたように頷いた。
そして会場に入り、アリサさんの控室を探す。
「でも、どうやって入んの? そもそも、入れてくれるの? こっそり入る?」
「まあ……入れてくれなかったら、わたしが強引に強行突破してもいいけど」
「……スタッフの人とかいるはずだし、りおんは乱暴な行為はとにかく避けて」
僕はノープランで来ていたほみかと、物騒なことを言い放つりおんを軽くたしなめた。
そのとき――。
「……あ、あそこじゃない?」
ほみかが、ある一室を指差して言った。
ドア前の立て札には確かに『白輝家ご親族様お控室』と書いてあった。
「じゃあ、とりあえず入れるかどうか聞いてみようか」
りおんが言った。僕とほみかは頷き、控室の前で待機していた結婚プランナーのお姉さんに事情を説明した。
「申し訳ありませんが……。ご関係者様以外は、お断りさせていただいております」
懇切丁寧ではあるが、ハッキリとした拒絶の声。
それはそうだよな――思えば、事前に何の連絡も入れてない。挙式をあと数時間後に控えた花嫁の控室なんかに、入れるわけがない。
「そこを何とかお願いできませんか!? ぼくたちアリサ――白輝さんの友達なんです! 会って、どうしても話したいことがあるんです!」
僕はガバッと勢いよく頭を下げた。これが最後のチャンスなんだ。このチャンスを逃したら、アリサさんとは二度と会えなくなってしまうんだ。だから、何としてでも入れてもらうしかないんだ。
「あの、ですから――」
「お願いしますッッ!」
プランナーさんが再び断ろうとした時。
ほみかが、僕の横で頭を下げた。
「十分――いえ、五分でもいいんです! 決して、騒ぎなんて起こしません! 何もしませんから、お願いします!」
何の駆け引きも、策略もなく。ただ不器用に、真っ直ぐに、ほみかは懇願をした。プランナーさんはほんの一瞬戸惑ったものの、すぐに社会人としての顔に切り替え、職務姿勢に入った。
「申し訳ありませんが、そのような――」
と、言いかけたとき。
「わたしからもお願いします」
りおんもまた、僕とほみかの横に並んで深々とお辞儀をしたのだった。
僕達三人が頭を下げているのを見て。
プランナーさんは明らかに困惑しているようだった。
まわりの式場スタッフや警備員も、何事かとこっちを見ている。
そうだよな。やっぱり、無理だったんだ。
「……あの。とりあえず皆さん、お顔を上げてください」
そう言われて、僕達は頭を上げた。
プランナーさんは、心底申し訳なさそうに言う。
「特別扱いは基本的にお断りする規則となっております。ご家族やご親戚でもない方に入室を許せば、他の方達も入りたがるでしょう? それに、式前の花嫁姿は誰にも見せないほうがいいという、ジンクスもございまして――」
そこまで言いかけた時だった。プランナーさんの目が、僕達の後ろを向いたまま見開かれたのは。
「――その規則とやらは、わたくしにも適用なさるのでしょうか?」
青紫色の優美な着物を着て。
一陣の風のようにふわりと。彼女は僕の横を通った。
「あ……あすか? どうしてここに?」
僕の問いには答えず、あすかはプランナーさんを冷涼な眼差しで見据えながら言った。
「いかがでしょうか。それとも、この雪ノ宮あすかの名をご存知ではないと?」
「い――イエイエイエイエ」
あすかの登場に、プランナーさんは可愛そうなほど取り乱している。
「そうですか。ならば、お話をつけていただけますね?」
冷酷な視線から一転、あすかがニッコリと優雅な微笑を浮かべると、プランナーさんは背骨が折れるんじゃないかってくらい背筋を伸ばしながら答えた。
「は、はい! ただ今確認してまいります!」
そして、哀れなプランナーさんは控室へと消えていった。
その一連のやり取りを見ながら僕は、
「あ、あすか。一体どうして……?」
と声をかけると、
「どうして……? お兄様のために、決まっているではありませんか」
そう言うと、あすかは僕に向かってパチンとウインクをしたのだった。




