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第99話

 やや遅れて到着した約1600平米の広い空間には、専門課程から申請できる個人向けの “探索許可証” を取ろうと、銘々(めいめい)に得物を(たずさ)えた十数名の学生が集まっている。


 ざっと見渡せば(とび)色髪の公爵令嬢エミリアや、御付(おつ)きの侍女で学友のイングリッドもいて、こちらに気づくと歩み寄ってきた。


 主従(そろ)っての会釈(えしゃく)に応じれば、宰相閣下の一人娘は(ゆる)りと桜色の唇を開く。


「ご無沙汰しております、というには日が浅いですね、ジェオ殿」

「あぁ、確かに… そちらも認定試験を?」


「指定された区域に(おもむ)くかはさておき、無断で危地へ足を踏み入れると、退学又は除籍処分になる。想定外の事態に(そな)え、許可を得ていて損はないはず」


 訥々(とつとつ)と述べられた侍女の指摘に偽りはなく、学院側は調査活動を()ねた探索を推奨している反面、未熟な学生が命を落とさないように一定の規制も(もう)けており、破ると厳罰に処されてしまう。


 どういった経緯で虎穴に飛び込む必要性が生じるか、事前に予測できない以上、この試験を(くぐ)り抜けておいた方が良いのは事実だが……


「今日は敬語じゃないんだな」

「主家の客人だった一昨日ならまだしも、学院の同輩に遠慮はしない」


 屈託のない物言いに飼い主の令嬢が困り、曖昧な微笑を浮かべるのも(いと)わず、黒髪の侍女は値踏するように(ぶしつけ)な視線を隅々まで向けてきた。


「噂に聞く稀代(きだい)の紙商人というより、武人?」

「どうだろうな、荒事を好む性分じゃないとは言っておこう」


 互いに口端を吊り上げて数秒ほど見つめ合っていると、小さく溜息したエミリア嬢が会話を引き継ぎ、中途入学者への配慮で近場の知己(ちき)について色々と教えてくれる。


 四年前、浸食領域の森で消息不明となった初等科生徒のうち唯一の生還者や、何処(どこ)か既視感のある第二王子の公子など目配せと共に言及されていれば、試験の担当官らが姿を見せて衆目を集めた。


「さて、私の “研究時間が惜しい” から端折(はしょ)って、大事な部分だけ手短に説明するけど、状況によっては危険なので聞き逃さないように」


 また濃いのが出てきたなと思いつつ、自己紹介すら省略して語り始めた精悍な若い魔法科の講師を眺めていると、綺麗な紫水晶が二つ()められたチャームを取り出す。


 彼の背後に立つ筋骨隆々の老人、アルト・アンダルス教授が錬成した “近隣の霊魂" に強く作用する召喚具であり、従魔の形を与えられて呼ばれた存在は “使役者のみ” を狙って襲い掛かるらしい。


 どちらかが深手になるような攻撃を受けた時、敗者の魔力を拡散させながら単独または諸共(もろとも)に核たる石が身代わりとして砕け、(すみ)やかに係留の(くさび)を失った召喚対象の送還が成される仕様のようだ。


 それらが伝えられてすぐ、いつも甲斐甲斐(かいがい)しく老教授を世話している小柄なメイド少女が動き(まわ)り、籐籠(とうかご)に入った革紐付(ひもつ)きの召喚具を学生達に手渡していく。


「つまり、自ら顕現(けんげん)させた相手に勝利して強さを示せと?」


「えぇ、少し変則的ですけど、いつも通り討伐系の試験内容です」

「さっさと済ませてしまいましょう、エミリア様」


 余裕ありげな主従の令嬢を見るに、そう難易度が高いことでもなさそうだと、高を(くく)っている間に全員への装具配布は済んだ。

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