第92話
「むぅ、どうやったらさ、フィアみたいに大きくなるの?」
「ん~、別に何かした覚えもないし、それに……」
斜めに視線を逸らして、考えるような仕草を取った司祭の娘は “走ったり”、“階段を昇降したり” する際に胸が揺れて痛いと嘆く。
他にも後ろで釦を止める服が着にくいとか、ドレスだと生地の前だけ持ち上がって足元の丈が前後で微妙になるなど、良いことばかりじゃないとリィナを宥めるも、持たざる者の理解は得られない。
「なにそれ、自慢なの? 上から目線の自慢だよね、修正してやる!!」
「うきゃあ、ちょっ、やめなさい!」
九死に一生を得て以降、身体的な成長に乏しい半人造の少女が憤り、いやらしい手付きで豊かな乳房を執拗に揉み込んでいれば、魔の手より逃れようと足掻いた幼馴染の肘が自らの胸元に突き刺さった。
「痛ッ!? 暴力反対! 私がイジメられてる、助けて!!」
「いや、自業自得なのは一目瞭然だろう」
「あはは… いつも、こんな感じだと大変でしょうね、お客様」
何の寸劇を見せられているんだと呆れつつも、年若い店番の娘が同情の混じった生暖かい眼差しで俺に微笑みかけてくる。
そうでなくとも、専門店の雰囲気に居づらさを感じていたので、咄嗟の返事に困ってしまうと同時、場違いな自身の存在が商売の邪魔となる可能性に思い至った。
「……軒先で待つ、金銭は預けておくが、無駄遣いするなよ」
一声掛けて、革製の小袋を整息したばかりのフィアに投げ渡す。
緩い放物線を描いた金銀貨幣入りの銭袋は、難なく皿のように構えた彼女の両掌に収まり、じゃらりと金属音を鳴らして売り手の目つきを微かに変えさせた。
「近頃は上下で一式揃った蠱惑的な下着も増えていますし、お嬢様方に似合う良品を選んでみせますから、少しだけお待ちくださいな♪」
「ふふっ、今夜一緒に魅せてあげるわ」
「もう、勝手に私を巻き込むのは駄目ですよ、リィナ」
やや不満げに嗜めるも満更ではない様子で、こちらを窺う司祭の娘に見送られ、瀟洒な内装が施された店舗の外へ足を向ける。
暮れゆく秋空に浮かぶ羊雲の群れをぼんやりと数え、明らかに少しとは言えない時間を潰せば、自領の産物である亜麻色の大判紙に包まれた購入品を携えて、ほくほく顔の二人がやってきた。
「こう、綺麗に包んでくれるのが嬉しいですね」
「多分、紙代もお値段に転嫁されているとは思うけど……」
喜んでいる司祭の娘に水を差すほどでもないため、掘り下げずに軽くなった銭袋を受け取り、今月の残りは節制に努めようと誓って踵を返す。
なお、建設中の製紙工場へ戻った時点で日は落ちており、現場の進捗確認よりも先に併設された新居で艶やかな下着姿を披露されるという、何処か締まらない王都での初日は恙なく過ぎていった。




