290 キューラの願い
お願いだこれで終わってくれ……。
願う様に俺は拳を突き出す。
だが……そんなに甘くはいかない。
「ひ、怯むな!! 我らにはまだ仲間がいる!!」
そう、確かに彼らは追い詰められている。
だが、彼らの後方からくるノルン達の更に後方には彼らの仲間がいる。
一見俺達が挟み撃ちにしているかのようだが、ノルン達もまた挟み撃ちだ。
その上、俺達はクリエを守らなきゃいけないという理由から、此処から動けない。
彼女が立って逃げてくれればそれで良いが今はそれは出来ないだろう。
抱えて逃げるには誰かが必要だ。
その誰かはまだここに来ていない……。
「仕方がないな……」
俺は拳を再び握ると叫ぶ兵へと向かいそれを振るう。
相手は確かに恐怖で支配できた。
だが……心までは折れていない。
自分達に正義があると思い込んでいるからだろう。
だからこそ、恐怖にも抗おうとしてくる。
だが……。
「……これでも諦めないのか」
彼らはもう、隊としては機能していない。
隊長らしき貴族は倒れ、俺達に押し込まれてどんどんと数を減らしていく……。
だってのに、諦めないその姿は何処か狂気じみている。
そこまでクリエを? と俺は疑問に思っていた。
「悪魔め!! 魔王の手先め!!」
這いずりながらこちらへと向かって来るものが居た。
そいつはそんな事を口にしながら気を失う。
「ひ、ひぃ!?」
怯えて腰を抜かしているのに剣だけは握っている男も居た。
彼は闇雲だが、それを振るい、対するファリスは攻めにくそうだ。
恐怖に染めてしまえば後は捉えてそのまま合流と思ったが……。
何が彼らをそこまで駆り立てる?
クリエが魔王の手下だと考えるからか?
いや、違うだろう……。
これは彼らにとって狩りの様な物なんじゃないだろうか?
大きな獲物を取って手柄が欲しい。
そして、そこにはもう戦う意志のない獲物がいる。
だが、楽に見えた狩りには思わぬ障害が入り、焦っている。
だからこそ……彼らは必死になり俺達を?
本当に俺の考えている通りだとしたらくだらない。
こいつらは何処まで人を馬鹿にすれば気が済むのだろうか?
何処までクリエを傷つければ気が済むのだろうか?
「もう、お前達は負けだよ、剣を収めろ!!」
俺はもう一度先程の言葉を口にした。
だが、未だ戦う意志は見せる奴に行っても無駄だ、剣を捨てる事は無かった。
もう駄目か……そう思い俺は拳を構える。
燃え盛る帆脳に徐々に焼かれていくのは感じていた。
だが、それに耐え俺は再び拳を振るう。
人を殴る鈍い感触は気持ちが悪かった。
おまけに焼かれている所為か臭いがし、それもまた気分が悪くなる臭いだ。
相手は焼かれながら殴られて悶え、苦しんでいたが……そんな事はどうでもいいと思えるほどだった。
「……投降しないなら、分かってるな?」
こっちは全力で行く、そう脅すと仲間達もまた武器を構え始めた。
カインもファリスも疲れているだろうに……それでもだ。
もう戦いをやめてくれないというのなら、やるしかない。
俺達は再び兵達へと向かおうとした。
すると――。
「い、嫌だ……嫌だ!! 死にたくない!!」
何処かで悲鳴のような声が上がる。
すると、地面に剣が落ちた音が聞こえた。
俺は思わず足を止めそちらへと目を向ける。
「ひっ!? た、頼むこの通りだ! 頼む!!」
そこには恐怖に顔を歪める男が一人。
見た目からして貴族ではないな。
水ぼらしい恰好に申し訳程度の防具。
昨日今日で偽れないだろう汚れた肌。
「……頼む、俺は俺は……俺には家族が居るんだ」
良く見れば彼以外にも汚れた人は居た。
なるほど、この世界の貴族は何処までいっても屑なのだろうか?
俺はそう思い……。
「あいつを保護しろ、カイン頼む……」
もう戦う意志を見せないのなら、此方としても戦う理由はない。
俺は彼の保護をカインへと告げた直後――。
「逃げるのか! 情けない!!」
剣を構えた男は裏返った声で男へと叫び、剣を振り下ろそうとする。
「ファリス!!」
マズイ!! そう思った俺は思わずファリスの名を呼ぶ。
すると、彼女はまるで風の精霊を思わせるような速さで貴族へと向かい、その鎌を振り下ろした。
首を落とされ、噴き出る血。
それを浴びながら振り返った少女はもう限界なのだろう、疲労を隠せない程になっていた。
無理をさせ過ぎた……俺は反省しつつも彼女に告げる。
「ありがとう、下がって休むんだ」
こくりと頷いた彼女は近づいて来たカインに男を託し、俺の指示どおりに後ろへと下がる。
しかし、どうする? 相手はまだ――。
「――?」
俺が考えごとをしはじめると周りがざわついている。
何事かと考える間もなく、それは動き始めていた。
そう、貴族はしてはいけない事をした。
そして……先ほどのこちらの行動、それを見て人が動き始めたのだ。
「な、なんだ!? お前達、何故こちらへと剣を向ける!?」
そう、汚れていた人達は”仲間”を助けられるところを見て心を動かしたと言う訳だ。
これは正直、予想もしていなかったが、運が良い……。
俺はニヤリと笑い……貴族を睨んだ。




