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私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第六章:二人の願い
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60_エリスと魔杖


 エリスは魔杖と見つめあっていた。


「ええと、なんとお呼びしたらよろしいのでしょうか? ……先代魔法救皇様?」


 そっと話しかけてみるが、返事はない。


(アシュレイ……どうしたらいいの……?)


 話し相手に、と言われたが、先ほどからエリスと会話ができていない。しかし、一応こちらの声が聞こえていると示しているのか、わずかにゆらりと反応を返してはくれる。


 それに魔杖からは、人間に比べるとかなり見えにくいが、困惑の感情も見えていた。……そう、相手も困惑しているのだ。アシュレイにいきなり連れてこられてたせいだろう。


(アシュレイに似て、気弱な方だったりして)


 直系の先祖ではないにせよ、アシュレイのご親戚なのだから、似た性格かもしれない。


 エリスがじっと見つめていると、さらに困惑の感情が増えていく。

 やはり魂があるらしい。


(でも、どうして喋らないのかしら……)


 アシュレイは特に何も説明せずに行ってしまった。問題があるとは思わなかったのだろうか。


(あれ? もしかして、私に声が聞こえないだけなのかしら……?)


 アシュレイは万能で魔力も高いから、魔杖と問題なく会話ができていたのかもしれないが、エリスでは声が聞き取れなかったりするのかもしれない。

 なにせ魂の欠片をわずかに遺した幽霊だというのだから。凡人のエリスにはその声は聞こえないのかもしれない。


「あの、何か喋ってみていただけませんか? 私には聞こえなくて……」


 魔杖からは何も聞こえない。


 首を傾げてみれば、わずかに魔杖も傾く。

 動作の真似をするということは、意思疎通をしようという、それなりのエリスへの歩み寄りを感じる。

 しかしここでずっと止まっているわけにもいかない。


(アシュレイ、何時に帰ってくるのかしら……)


 お昼までには帰るのか、とか、夕方に帰ってくるのか、とか、訊いておけばよかった、とエリスは反省した。


(お昼を一緒に食べるのかどうかもわからないわ)


 思い返してみれば、老爺たちは「出かける時は、帰る時間を必ず言うように」と教えてくれた。

 エリスもアシュレイも、他人と暮らすことに慣れていないのだ。


(なるほど、こうやって失敗して学んでいくのね……新婚生活っぽいわ)


 結婚したわけでもないが、なるほどこれが二人暮らしか、とエリスは思った。


 さて何時間後にアシュレイが帰ってくるのかはわからないが、ここで魔杖と首を傾げあって時間を過ごすわけにもいかない。


「私、行きたい場所があるのですが、移動してもよろしいでしょうか?」


 エリスの問いに、魔杖が首を傾げる。興味を示すような感情がうっすらと見えた。


「とりあえず私は毒や短剣を探しに行こうと思います」

「!?」


 動揺の感情がぶわっと湧いて出るのが見えた。

 何かを主張するようにぴょこぴょこと跳ね始めたが、エリスには何を言っているかわからない。


「あ、先代様、手ごろな武器の保管場所をご存知ありませんか? ……短剣ならば武器庫でしょうか?」


 訊ねれば、ぴたりと止まって、微動だにしなくなる。


「……」


 何も伝えまい、という意思を感じる。


 しかしエリスがそっと歩き出してみれば、ぴょこぴょこと後ろをついてきた。

 エリスは魔杖と廊下を歩いた。



       ◇◇◇



(武器庫ってどこかしら……)


 昨日、アシュレイに城内をある程度は案内してもらったものの、賓客室や調理場や庭くらいのもので、すべてを見て回ったわけではないし、アシュレイだって武器庫をエリスに案内しようとは考えもしなかっただろう。


(こういうのは多分、一階よね)


 城の二階の窓からどうしても弓矢を射たいという理由でもなければ、重たいものは一階に置く方が便利だろう。エリスも軍事に詳しいわけではないが、この国では剣や大砲が主流なのだから、置き場としては一階が適している気がした。


(まぁ魔法救皇は万能だから武器なんていらないだろうけれど……)


 一階のあらゆる扉を開けては閉め、なかなか見つからないことに焦り始めたエリスは、『もしかしたら武器庫そのものが無い』という可能性も考え始めた。


(でも、元々はアシュレイがお母様と暮らしていたわけだし、皇室の持つ城のはずだから、歴代城主の全員が魔法救皇ってわけでもないし……大抵の城にはあるわよね、武器庫)


 どうかありますようにと願いながら、エリスはとにかく、一階の奥から、しらみつぶしに扉を開けていった。



 やがて、武器庫らしき部屋を見つけた。


「あった!」


 短剣どころか長剣、槍、盾、大砲、何でもあった。


 わくわくとエリスが目を輝かせていると、ついてきた魔杖から、緊迫やら焦りやらがうっすらと湧いて出てくるのが見えた。

 ――幽霊だからエリスには感情がうっすらとしか見えないだけで、実際は結構はっきり焦っているような気がする。


「大丈夫です、悪用なんてしませんよ」


 エリスはとりあえず、短剣を手に取った。

 いざという時は――敵に操られてアシュレイを殺してしまいそうになった時は、これを自分の喉に突き立てれば何とかなる。


 解決手段を得られて、エリスはほっと安堵の息を吐いた。魔杖からの強い視線を感じたが、気づかないふりをしておく。


「さて、他のものも把握しておきましょう……」


 エリスは武器庫を見て回った。王城の宝物庫よりは狭いが、エリスと老爺が住んでいた森の小屋が四軒くらいは入りそうな広さだ。


「大砲……これ良いわね」


 王城の宝物庫には「魔法救皇がいなくても魔神を倒せるように」と開発された大砲があったが、これは同じものだろうか。それとも魔道具ではない普通の大砲だろうか、エリスには見ただけではわからない。

 ぺたぺたと触っていると、魔杖が何かを主張するようにぴょこぴょこと跳ねて視界に入ってきた。


 何やら心配されているらしい。エリスは魔杖に微笑んでみせる。


「大丈夫です、砲弾が込められていませんから暴発もしませんよ。……多分、ここに大きい砲弾を入れて……それから……どうやって火をつければいいのかしら」


 想像しながら、各所を触りまくっていると――


「やめんか、小娘」


 真横から青年の声がした。


 どきりとしてエリスは飛び上がる。


「だ、誰!?」


 懐にしまったばかりの短剣をとっさに取り出した。

 自分しかいないはずの部屋に青年の声がしたのだから当然だ――エリスよりは年上の、二十代半ばくらいの青年の声に聞こえた。


 だが、いざそちらを向いても、声の主が見当たらない。

 ただ魔杖が先ほどと同じ場所にいるだけだ。


 きょろきょろとエリスが周囲を見渡していると――魔杖の手前の空間が、キラキラと白く輝きだした。

 そして魔杖の前に、人間の姿が映し出される。


 それは黒髪の青年だった。

 年は二十代半ばだろうか。古風で豪奢な魔導士の服を着ている。

 顔立ちはどことなくアシュレイに似ているが、黒髪の毛先は跳ねていて、全体的に粗野な印象を受けた。


 強い意思を感じさせる瞳は、血のように赤かった。


「あなたは……」

「俺は先代魔法救皇だ」

「しゃ、喋った……!」


 思わずエリスは身構えた。

 青年は「何を今さら」と嘆息してみせる。


「こうして姿を現したのを見ておいて、今さら声くらいで驚くか?」


 そう言って胸を張る仕草はまさに人間で……幽霊だとは思えない。


「いえ、お姿も……驚きましたが……」

「魔力の消耗が激しいから、威厳を見せる時にしか、滅多にやらないがな。幽霊としての寿命が減る」

「威厳……」


 今は果たして威厳が必要な状況だろうか、とエリスはつい疑問を抱きつつ、青年を静かに見つめて、彼の次の動きを待った。


(この人は何のために現れたんだろう……)


 そう思って息を詰めていれば、青年はすっと真横まで近寄ってきて、エリスの手からあっさり短剣を取り上げた。


「あ! ……も、物も持てるんですか!?」

「気になるのはそこか?」


 幽霊なのに、とは言わなかったが伝わったようで、「俺を物語上の幽霊と同じように扱うな」と目を細められた。


「実際、俺はさっきから魔杖を動かしてるだろう? 人に姿を見せたり声を聞かせたり、それだけでこの世界にすでに干渉してる。物を動かせるのに、物を持てない道理はない」

「そうなんですね……」


 気圧されながら、エリスは間近に立つ青年を見上げた。

 やはり顔立ちはアシュレイに似ている。そして恐らく生前は膨大な魔力を持ち、当然ながら皇族としての最上級の教育を受けたのだろう。確かに威厳がある。


「で、お前は先ほどから何をしているんだ」

「……ええと」


 早くも逃げたくなってきた。


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