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私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第六章:二人の願い
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59_二人で迎えた朝



 エリスが目覚めると、すぐ隣にアシュレイが眠っていた。

 すやすやと、穏やかな寝息を立てている。


(……あら、珍しい)


 彼がエリスや老爺のいる小屋に泊まることはあっても、こうして寝顔を見たのは初めてだ。


 彼の綺麗な顔立ちが、カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされていた。透けるような肌、長い睫毛、艶やかな黒髪がきらきらと輝いている。

 つい触りたくなるような、しかし繊細すぎて、侵食しがたいような神々しさにも満ちている。


「ん……?」


 あまりに見つめすぎて、観察されている気配でも感じたのだろうか、アシュレイが身じろぎをした。

 ゆっくりと目を開け、紫色の瞳がエリスに気付く。


「あ……」

「おはよう、アシュレイ」

「お、おはよう……」


 アシュレイは答えた後に、はっとした顔で飛び起き、左右を見渡してから「寝ちゃった!」と動揺を見せた。


「? 寝たらまずかったの?」

「エリスさんの許可もなく同衾だなんて……!」

「……?」


 エリスの横に勝手に横たわることすら自分に禁じていたらしい。彼は今日も紳士のようだった。

 きょとんと彼を見ていれば、「あ、何もしてないよ! 運んだあとは指一本触れてません!」とさらなる弁解をしてくれる。


「別にいいのに……」

「!?」

「それより私、あのまま寝てしまったのね。ごめんなさい。運ばせてしまって」


 エリスが謝ると、アシュレイは驚いたあとに「全然かまわないよ」と微笑んだ。


「よく眠れたみたいでよかった」

「……私、寝言とか言ってなかった?」

「え? 何も言ってなかったと思うけど……」


 エリスはほっと安堵の息を吐く。もしも寝ている間に、そばにいるアシュレイに妙な命令でも言ってしまえば、思わぬ強制をしてしまいかねない。


(いえ、妙な寝言くらいならまだいいけど、敵が何かさせようとしてきたのに意識が無いんじゃ困るのよね……)


「今度から、口に布でも突っ込んで喋れないようにしておかないと……アシュレイ、もし次に寝てる私のそばに来た時は私が何も口走らないように猿轡でもしておいてね」

「何の心配!?」


 アシュレイは慌てふためいていた。



       ◇◇◇



 朝食を摂り、さて今日はこれから何をしようか、とエリスは思った。

 いざという時のために毒や短剣を探しに行きたいが、アシュレイと一緒だと難しそうだ。


 そう思っていると、アシュレイの方から別行動を申し出てきた。


「ちょっと出かけてきてもいいかな? やることがあるんだ」


 一体何をするんだろう、と思いつつ「私にも手伝えること?」と訊けいてみれば、「ううん、僕一人で」とやんわりと断られた。


「ごめんね、いきなり一人きりにしてしまって……あ、そうだ、寂しくないように話し相手を呼ぼうかな。うちのおじいさま、要る?」

「……? おじいさま?」


 それはまさか先代皇帝とかだろうか、存命だっただろうか、と思っていると、アシュレイはぱっと手をかざして、何かを魔法で取り寄せた。


 それは背丈を超すほどに長い、荘厳な魔杖だった。司祭や皇帝が式典で使うような品だろう。素人のエリスにも、最上級の装飾が施されているとわかったほどだった。


「これって、魔法救皇の……?」

「あ、知ってるんだ。そう、一応、魔法救皇の象徴ってことになってる杖だよ。無くても魔神退治には支障ないんだけどね、人前に出る時は持つように言われてるんだ。王の冠みたいなものかな」


 アシュレイは苦笑して、はい、とエリスの前に立たせた。……手を放しても、魔杖は自立していた。


「すごい……」


 倒れないんだ、と思って見ていると、


「これに今、幽霊が憑いてるから」


 と、アシュレイはあっさりと言った。


「ゆ、幽霊……?」

「うん、先代魔法救皇で、僕の曾々祖父の兄にあたる人で、僕が唯一知ってる幽霊」

「本当に幽霊……? ……しかも先代魔法救皇様の幽霊?」


 予想もしていなかった存在との引き合わせに、エリスは思わず何度も確かめてしまう。

 エリスの動揺に、「あはは、怖くないよ」とアシュレイは笑っていた。


「ただ魂の残滓を後世に遺しただけだよ。この人は魔力も意思も強かったから、そういうことができたんだ。……そうでもないと、未練があったって、滅多に幽霊なんかなれないんだよ。まあ、正確には記憶の塊って感じだから、本人かっていうと微妙だけど、これが世に言う幽霊だろうし、結構会話はできるんだ」

「……」


 エリスはじっと目の前の魔杖を見つめた。

 何も喋らないが――本当に会話できるのだろうか。

 疑いつつも、エリスから挨拶をしてみることにする。


「お、お目にかかれて光栄です、先代魔法救皇様。わたくしはエリス……エリス・エイベルと申します」


 一応、養子に入っているエイベル伯爵家の姓を名乗っておいた。


 返事はないが、

「大丈夫、おじいさまはエリスのことを知ってるから」

 と、アシュレイが平然と言う。


 そしてアシュレイは、「じゃあ仲良く……あ、おじいさま、妙なこと言わないでくださいね。幽閉とか物騒なこと言っちゃだめですよ」と忠告していた。


「幽閉……?」


 なにやら妙なことを言っている。

 エリスが首を傾げていると、


「あ、僕はしないからね!? 僕が幽閉だの監禁だのしたがってるわけじゃないからね!?」


 と、さらに物騒な単語を増やして弁解したあと、慌ててアシュレイはどこかへ出かけて行った。

 その場には、エリスと、喋らない魔杖が残された。


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