表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第五章:真っ黒な世界
58/69

58_静かな夜



 アシュレイは眠ったエリスを寝室に運び、ベッドにそっと横たわらせた。

 静かに眠る彼女を見つめながら、アシュレイはふと思い出して、転移魔法で魔杖を呼び出した。


「うわ、いきなり呼び出すなよ」


 ふっと手の中に現れた魔杖は、すぐに文句を言った。

 エリスを起こさないよう、「しぃ」と指を立てると、「じゃあ呼び出すな」と不満そうにしつつも小さな声にしてくれる。


「まったく。話の途中で勝手に飛ばした挙句に、今度はなんだ? いいご身分だな」

「相談がありまして」

「……落ち着いたみたいだな」


 先ほどの荒れた様子がないことを察したのだろう、「投げやりじゃないなら協力するぞ」とすぐに魔杖は話を聞く態度になる。


「さっき、エリスさんが『世界で二人きりだったらいいのに』って言ったんです」

「……おお?」


 急な話の振られ方をされつつも、

「まあ、よくある口説き文句だな。よかったじゃねえか。……本気にするなよ?」

 と念を押した。


「他を消そうとするなよ?」

「そこが気になるんですよ」

「……うん?」


 半ば冗談のつもりで言ったことを捉えられて、魔杖は思わず訊き返した。アシュレイは思案げな顔をしている。


「誰なんだろうって、気になるんです」

「……何が?」

「だって『二人きりがいい』ってことは、今の世界では要らない人がいるってことでしょう? エリスさんが『いない方がいい』って思い浮かべたのは誰なんだろうって」

「……」


 また雲行きが怪しくなってきた、と魔杖は思った。

 念のため窓の向こうを見てみれば、カーテンを閉め忘れた窓からは星のきらめく夜空が見えた。雷は無い。アシュレイの感情は落ち着いている。――冷静でいるのに、この思考に没頭しているようで、薄ら寒い心地がした。


「おい、変なことを考えるなよ? ……というか、この小娘はなんでこんなにぐっすり寝てるんだ? 大丈夫か? 薬で眠らせたりしてないよな?」

「……」


 アシュレイは深く思案しているようで、返事をしなかった。ぶつぶつと呟いている。


「エリスさんは何を恐れているんだろう? 僕より強い人間なんていないのに……なんだか僕を殺してしまうかもって心配しているみたいだし」

「おい、それを早く言え!」


 魔杖がアシュレイの頬を叩こうとして、それをひょいと無意識に避けたあとで「ん? 何ですか?」とアシュレイは魔杖に意識を戻す。


「それをもっと早く言え、って言ったんだ! やっぱり『運命の乙女』なんてものには会わない方がよかったじゃねぇか。見つけ次第、幽閉しろってずっと前から言ってあっただろう?」

「幽閉だなんて……」


 眉を顰めるアシュレイに、魔杖は「答えは出ただろう」と主張した。


「答え?」

「誰かに脅されてんだよ。だからお前を殺しかねないし、世界でお前と二人きりならそんな心配しなくてもいいのに、って思うんだ」

「脅されてる? エリスさんが……? 僕を――俺を殺すようにって? そんな馬鹿なやつがいますか?」

「……まあ、どこかにはいるだろう」


 魔杖の最後の返答は弱々しかった。アシュレイは首を傾げる。


「魔法救皇を殺して何の得があるんでしょう……まあ、いいか、それよりもエリスさんだ。エリスさんを脅すやつがいたなんて、気づかなかった。ああ、そうか、だから不安そうな顔をしていたんだ。気づかないなんて一生の不覚……どうやって償えばいいんだろう……ごめんね、エリスさん、僕が鈍いばっかりに……」


 頭を抱えて打ちひしがれ出したアシュレイの隣には、すやすやとエリスが眠っている。対照的な男女を見て、魔杖はちいさく溜息を吐いた。


「落ち込んでる場合か」

「そうですよね、そうですよね、とりあえず敵をぶっ潰さないと。……ところで、エリスさんを脅しているということは、人質とかが取られているんでしょうか」

「まあ、そうなんじゃねえの?」

「おじいさんたちかな……ちょっと見てみますね」


 アシュレイは遠方を覗き見るために目をつぶり――すぐに目を開ける。


「すやすや寝てましたよ」

「まあ、牢屋に閉じ込めるだけが人質じゃないからな」

「周囲に不審人物が見張ってる様子もなかったし……それか伯爵家の方かな? エリスさんは優しいから伯爵家の人たちが人質に取られても脅迫になるだろうし……前に伯爵家に不審者が忍び込んでからは防犯魔法を掛けさせてもらっているけれど……」


 アシュレイはぶつぶつと呟きながら思案している。


「伯爵家なら経済的な脅しも効くぞ」

「ああ、なるほど。大変ですね、背負うものがある人は」

「……お前が言うか」


 魔杖がどこか憐憫を込めて言えば、アシュレイは首をすくめてみせた。


「とにかく、エリスさんが脅されてるんだとしたら、人質はそのどちらかかな。……犯人はどうやって特定すればいいんだろう」


 静かに眠っているエリスをそっと見下ろす。


「見つかるまで、しばらくは二人きりかな」

「ん?」


 さらりと言われて、魔杖は訊き返した。


「……どういう意味だ?」

「だって、世界で二人きりだったらいいのにってエリスさんも言ってたし、僕もその方がいいし……この城でのんびり暮らそうかなって」

「帰さないつもりか!?」

「帰すってどこに?」


 静かに問われて、魔杖は返答に詰まった。

 王城、と言うべきだろうが、それが本来の彼女の居場所ではないことは魔杖にもわかる。


 困惑する魔杖にアシュレイは微笑んだ。


「エリスさんはこの城で幸せそうでしたよ。不安そうにしていた原因も多分脅されてるからだってわかったし、きっと外の世界を見ずに二人きりでいれば、一番穏やかに過ごせると思う」

 

 アシュレイは眠るエリスを愛おしげに見つめた。


「ここにいれば、安全だよ」


 そして寝室は静かになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ