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私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第五章:真っ黒な世界
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51_舞踏会ふたたび①



 素顔を晒し、魔法救皇としての振る舞いをしたアシュレイを放っておくことはできず、そして彼自身の希望もあって、急遽舞踏会を開いてアシュレイをお披露目してはどうか、という話になった。


 いくら第一皇子が『俺が魔法救皇だ』と主張し続けてうやむやにしたところで、『あの黒髪の青年こそ、魔法救皇では?』という疑念は消えない。そして魔法救皇は必ず皇族なので、アシュレイの素性について疑問に思う者が必ず出るのだ。


 敵はもう、アシュレイが魔法救皇であることをわかっている。そうなると、アシュレイが皇族であると公表するかどうかは、あとはもう政治的な問題でしかない。


 それについては、アシュレイは「皇子様になりたいな。だから皇族だって発表したい」と言った。


「俺は反対だ」


 第一皇子は首を縦には振らなかった。エリスとしても、アシュレイは今までどおりでいる方が安全なのではないかと思った。敵に影響はないとしても、アシュレイ自身の人生を大きく変えてしまう。魔法救皇だと公表すれば、もう以前の状態には戻れない。


「アシュレイは、本当にいいの? ……たくさんの人と関わったり、色々と言われたり、大変だと思うけど」


 エリスの問いに、「そうだね」とアシュレイは微笑む。


「たしかに、人付き合いが増えるのはちょっと怖いよ。でも、ちゃんとした立場が欲しいんだ。兄さんみたいに、兵を動かせるような……そうじゃないと、いざという時、エリスさんが困っていても助けられないかもしれないから」


(私のため……)


 それも、以前の『白馬の王子様』とかではなく、いざという時の手段の確保のために、自分の選択肢を増やそうとしているのだ。


「……私のためなら、無理をしないで」

「無理なことじゃないよ。本来の自分の立場に戻るだけだよ」

「兵を動かすとか、権力があるとか、そんなものはアシュレイに必要ないわ」


 彼は首をすくめてみせた。


「でも必要になった時に焦っていたら遅いかもしれないし」

「いえ、本当に大丈夫よ」

「……僕じゃなくても、代わりにやってくれる人がいるから?」

「……」


 そう言われると頷きづらい。実際、兵を動かすなら第一皇子でいい。もちろん第一皇子と連絡が取れない非常時にアシュレイにも権限があれば尚良いだろうが――そのためにアシュレイが素性を晒すべきだろうか。

 それに、彼がエリスについて色々と考えてしまうと、エリスが求めていた宝物庫のこと、ひいては亡き両親へと思考が及びかねない。


「僕は頑張ってみたいんだ。もちろん、代わりに皇族としてやるべきことも増えるだろうけれど……ああ、エリスには迷惑を掛けないようにするから。今までどおりのエリスでいて」

「いえ、アシュレイが頑張るなら私も一緒に頑張るけれど……」


 彼からふわりと喜びの色が見える。


(アシュレイの思考が過去に向かないなら、これもありなのかしら……)


 第一皇子の方をちらりと見ると、「悩ましいところだな」と言った。


「ともかく、今回の魔物討伐の功労者としては紹介しよう。だが皇族と名乗る必要はない」

「僕は名乗るつもりだよ。止めたいなら僕を閉じ込めてもいいよ」

「……」


 二人の意見が一致しないまま、舞踏会を開くことになった。



       ◇◇◇



 舞踏会で、彼は注目の的だった。

 今回は認識阻害の魔法を掛けていないので、誰もがアシュレイの美しい素顔を見ることができる。


 艶やかな黒髪、澄んだ紫の瞳。透き通るような上品な空気を纏って微笑む彼を、貴族たちは見惚れて目で追い続けた。


 若い令嬢たちはいち早く気持ちを切り替えたようで、「あの方が魔法救皇かもしれないんですって」ときゃあきゃあと興奮したように囁きあっている。


 そしてエリスが今日も来ていることに気付くと、「結局あの伯爵令嬢は本当に演技をしただけで、第一皇子様の配下だったの……?」と怪訝そうな顔で見つめてきた。

 なにせ第一皇子が魔法救皇でなければ、エリスと第一皇子の関係に意味などないからだ。もちろん、嫉妬の感情も相変わらず向けられ続けていた。


 令嬢たちは、「もしかしたらわたくしがあの方の運命の乙女の可能性も……?」とそわそわとアシュレイを見たり、「第一皇子様に運命の相手がいないってことは、まだチャンスがあるってことよね!?」と息を吹き返したように喜んでいる者もいた。


「――僕の、運命の相手については」


 彼の言葉に、全員が緊張したように、耳をそばだてる。

 アシュレイは、エリスに視線を向けて、宣言した。


「僕はエリス以外、欲しくないよ」


 そして美しく微笑むので、令嬢たちからは恍惚と絶望の悲鳴が上がった。


(なんて幸せそうな笑みなのかしら……)


 エリスには令嬢たちからの嫉妬の視線が突き刺さりまくっていたが、アシュレイの素直な笑みがあまりにも美しいので、なんとなく文句も言いづらかった。


 だが、第一皇子もそこで動いた。


「いや、彼女は俺の運命の相手だ」


 どよめきが会場に広がり、誰もが唖然とした顔で第一皇子を見る。


(え、参戦するの!?)


 ここでも『俺が魔法救皇』を続行するらしい。

 いよいよ令嬢たちは卒倒しかけている。正直なところ、初登場のアシュレイよりも、第一皇子が言う方が被害が大きい。すすり泣く者まで出てきた。


(いえ、私を挟んでややこしいことをしないで!)


 大人の貴族たちは、エリスを見ながら「結局あの娘が『運命の乙女』なのは変わらないのか……?」と悩ましげな顔をしていた。


「殿下、そちらのアシュレイ殿は……皇族に連なる方なのでしょうか?」


 一人の貴族が、核心に迫った。


 アシュレイが皇族であるなら、彼こそ魔法救皇だろうとみんなが思うだろうし、アシュレイが皇族でないのなら、魔法救皇の定義にはあてはまらない。その返答だけで、もうすべてがわかってしまう。


 誰もが固唾を呑んで、返答を待っていた。


(本当に、皇子様だと名乗っていいのかしら……)


 ざわざわと周りが「隠し子ってことなのよね……?」と確かめるように囁きあっている。


 ――そう、アシュレイが皇族であるなら、親が誰なのかという話になる。

 皇帝の隠し子か、皇帝の亡き妹の未婚の子だろうと推測できてしまう。

 アシュレイだって、そうなってほしくないと思っていたはずだ。


 どうすればいいんだろう、と思っていると――


「ごめん、俺、出遅れた?」


 今、到着したばかりの第二皇子が歩いてきていた。

 美しい女性をはべらせた第二皇子が「あのさぁ」と近づいてきて、アシュレイの肩を抱いて、こう言った。


「こいつ、俺の双子の弟」


 誰もが、「え」と目を丸くした。

 第二皇子は周囲の硬直には構うことなく、柔らかく表情を崩して笑っている。


「双子で生まれたんだけど、わけあって隠されてたんだよね。いやぁ皇族って本当しがらみが多くて面倒だよ。そういうわけで双子だから俺と同じで十八歳。これからよろしくね。みんな仲良くしてやって」


 まるで友達に紹介するかのような軽快な口振りに、ぽかん、と誰もが言葉を失う。

 エリスすら、状況をすぐに理解できなかった。だが――


(そっか、双子だって言ってしまえば、親が誰かなんて訊かれない……)


 一番平和な解決方法だ。

 周囲からはすぐに焦りや疑念の感情があふれ出した。もちろん、いきなり『双子の片割れを隠していました』なんて言われて信じるには無理があるだろう。

 だが、第二皇子がそう言った以上、疑いを口にすれば、皇子への批判になる。


「あれ? なんかみんな信じてなさそう? ……俺の日頃の行いが悪いせい?」


 軽い口調で第二皇子はへらりと笑ったあと、「あとは知らなーい」と女性数人を連れて、また去っていった。


 残ったままのアシュレイと第一皇子にまた視線が集中する。

 やがて、第一皇子は腹を決めたらしい。

 アシュレイと並び、その肩に手を置いて言った。


「……俺の、大切なもう一人の弟だ」


 周囲の緊張が最高潮に達した。

 静かに、真面目な彼が重苦しく言ったのだ。これはもう、撤回できるようなものではない。  


 アシュレイは目を見開いて、第一皇子の顔を見つめ続けていたが――その感情には、涙に近いものがあった――やがて彼は、周囲に向けて口を開いた。


「お二人の弟であり、そして皇帝陛下と皇后陛下の子、アシュレイと申します。……皆様にお目にかかることができて光栄です。これからよろしくお願いいたします」


 真剣に、そして皇子らしからぬ慎んだ挨拶をしたあと、アシュレイは周囲にいきわたるよう、完璧な貴公子の微笑みを浮かべてみせた。


 その高貴さは、まさしく皇族の品格だった。


 疑いの言葉を挟むことなどできない。隠し子だろうと野暮なことなど言えそうにない空気を作り出している。


 若者たちは受け入れたらしい。「双子だなんて素敵」と素直すぎる令嬢もいる。

 だが当然、ひそひそと利権に関心が強い大人の貴族たちが言葉を交わしあっている。


「結局、魔法救皇は第一皇子様じゃなかったのか? あれだけ日頃から立派なふるまいをなさっていたのに……長子ではなく、結局ぽっと出の『隠し子』が魔法救皇とは……面目丸潰れだな」


 エリスがつい睨むと「ひっ」と貴族たちは肩を跳ねさせ、怯えた表情になった。


(睨まれて怯えるくらいなら、最初から言わないでよ……!)


 貴族の足の引っ張り合いなど、大嫌いだ。

 アシュレイにも聞こえていたのだろう。美しい笑みを浮かべた顔には出さないものの、エリスに見える感情は、ゆらゆらと不安定だった。

 アシュレイだって第一皇子が貶められるのは、望んでいたことではないのだ。


 それからいよいよ舞踏会の始まりとなり、弦楽器による演奏が始まった。

 今日最初のダンスの相手を決める時間だ。

 令嬢たちはそわそわと第一皇子とアシュレイを見つめている。彼らがどう出るか待っているのだ。


 だが、アシュレイは「ほら、エリス」と照れながら何かを期待した目で見つめてくる。


「え……?」


 きょとんと首を傾げてしまうと、アシュレイは苦笑した。


「前回の舞踏会を、覚えてない?」

「前回……」


 言われて、人生初めての舞踏会について思い出す。

 アシュレイと踊って楽しかった。そのあとに第一皇子が近づいてきたので、エリスは皇子が魔法救皇かどうかを確かめるために、他の令嬢たちの真似をして『私と踊って』と命じて――


(え、まさか『私と踊りなさい』って言わなきゃいけないの!?)


 今度はアシュレイに、公衆の面前で命令をしないといけないらしい。



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