48_幼少期(※彼視点)
物心ついた時から、古城で暮らしていた。
数少ない使用人たちから、自分は膨大な魔力を授かっていると教えられた。
今はまだ幼いから十聖の配慮で少なめに抑えられているが、分別がつく頃になって身体も育てば、徐々に強くなっていくのだという。
それでも、魔力に恵まれた才能ある子どもたちの何十倍も多い魔力をすでに持っているから、気を付けて暮らさねばならないようで、「危ないから、お友達を作るのは大きくなってからにしましょうね」と言われていた。同じ年頃の子どもというのは、絵本の中にしかいなかった。
けれど、ある時、二人の男の子が遊びに来た。
従兄だという第一皇子と第二皇子だ。
嬉しかった。事情を知っていて、顔を見せてもよくて、名前を言ってもよくて、何も心配せずに話せる同世代の子どもは彼らだけだったから。
第一皇子は真面目で、第二皇子は楽しいことが好き。
三人の共通の話題は、魔法の勉強くらいだった。
そうして三人で魔法の指導を受ける機会が増えた。
けれど、第二皇子はやがて「俺には無理だ、ごめん」と言って来なくなった。
その謝罪は、きっと自分に向けられたものだったのだろう。
うすうす、気づき始めていた。
自分の『授かった魔力が多い』というのは、本当に桁違いの話なのだと。
次第に、教師役の魔導士すらも、気落ちし始めた。
魔法救皇の魔法の仕組みを、誰も理解できない。
魔法救皇が魔術式を理解できていなくとも、望みさえすれば叶ってしまう。
――では、教師がいる意味はあるのだろうか、と彼らは考え始めたらしい。
(どうしていなくなるの? まだ僕には学ぶことがいっぱいあるのに)
怖かった。もういいよ、と人が遠ざかっていくことが。必死に引き止めて、何回もつらそうに人が交代し、意義など考えない「仕事は仕事」と割り切れる教師たちが担当になって落ち着いた。
努力では埋まらない差がわかっても、それでも態度を変えず練習に付き合ってくれたのは第一皇子だけだった。
(この人はすごいなぁ)
淡々と努力ができ、自分にできることを増やしていく。決して驕ることもない。眼差しはまっすぐで、欲しいものとその道筋をはっきりと描いて進んでいく。
教師たちも、伸びていく彼を褒め、期待を込めて見つめ、やがて彼らの表情は明るくなっていった。才能があり、努力もでき、着々と結果を打ち立てていく若き皇子だ。その成長速度もめざましい。教師たちは自信を取り戻した。――アシュレイを見ているよりも、ずっと教え甲斐があったのだろう。
誰もが彼を見て、幸せそうな顔をしていた。
(ああ、僕にはこれができないんだ)
つらかった。自分はいつも、人を困らせ、悩ませ、要らぬ苦しみを与えるばかりだったから。
輝かしい第一皇子を見て、「彼こそ、最も才能のある人だ」とみんなが言う。
「弱体化の進む現代で、時代に負けぬ才気を持つ人だ」「彼が一番だ」と誰もが言う。
――じゃあ僕は、人間じゃないの?
彼こそが、と褒められるたびに、横によけられた『僕』が所在なく立ち尽くす。
比べるまでもない。魔法救皇などと同じ枠で考えることすら間違っている。だから、みんなが彼を見ている時、『僕』を見ようと思う者はどこにもいない。いや、むしろ目を向けることを避けている気配すらある。
彼こそが『魔法に優れた人間』。
大昔の魔道士たちの加護などではない、純然たる、己の力のみで成功する、本物の天才。
――みんなが好きになるのは、こういう人だ。
その事実を、自然と受け入れ、そして苦しく思った。
この人が、あと何百倍かの魔力を持っていれば人類を救えただろうに。
そうしたら魔法救皇は――僕はいらなかったのに。
(どうして、あとちょっとだけ強く生まれてくれなかったんだろう)
魔神のことさえ無ければ、彼で十分、世界を救えた。
十歳を機に『仮面の魔法救皇』として魔物討伐や災害現場の救助に向かうことが増えたが、あまりに手が足りない時には第一皇子にも魔法救皇としての対処を任せたこともあるくらいだ。
彼にできないことと言えば、転移魔法や天候の魔法。古代魔道具に魔力を込めるのにも時間は途方もなく必要になる。
一瞬で桁違いの出力量を必要とされるような真似は、やはり魔法救皇にしかできないようだ。
万倍の魔力。
百万人の一秒を集めねば達成できないことは、第一皇子にもできなかった。
(だけど――)
古代魔道具なら、あらかじめ時間をかけて魔力を込めておけばいいだけだ。
この人なら、人を集められるだろう。
最上位の古代魔道具には適性がなくとも、いくつかの魔道具は扱えるだろう。そうなれば、魔力なんて、『集められるかどうか』にかかってくる。
彼は、人望がある。民衆を集めることのできる存在だ。
その意思は揺るぎなく、頼りがいがあり、ついていきたいと誰もが思う。
願いを必ず叶えてくれると信じられる。まさしく皇子の姿だった。
(ああ、いいな)
あと何百倍かの魔力が足りなくたって、何万の人々が協力してくれる。
世界を変える人になれただろう。
(……僕とは大違いだ)
魔法救皇に人望はいらない。
孤独であろうと、どんなに人望がなく、むしろ怯えられ、差し出してもらえる手が一つもなかろうと、一人で魔神と戦って帰ってこられる、別格の力。
ひどい話だ。
誰にも好かれなくたって、誰にも庇われることがなくたって、世界が滅びる最後の瞬間まで、最後の一人として生き残ることができてしまう。
親に庇われてようやく生き延びることができるような、弱く幼い子どもとは真逆の存在。
いつか答え合わせをする日が怖い。
人々の視線が、仮面をつけていない自分に向けられる日が。
授かった力以外、何も持たない自分を晒すことが恐ろしい。
あらゆる視線を知ってしまって、どこにも居場所がないのだと、気づいてしまうことがおそろしい。
できることなら代わってほしいと思っている。
ずっとこの身を、恥じている。




