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38_いざ宝物庫へ②



「さて、実用性のある魔道具がほしいのだったか? 壊れていても高値がつくものもあるが」


 第一皇子に言われて、「……特にこだわりはございません」とエリスは返した。やはりこの人は怖い人だ、と先ほど思ってしまったので、つい声音が硬くなってしまう。それとなくアシュレイの背に隠れると、アシュレイは幸せそうにする。


「あ、そもそもさ、使うなら相当魔力がいるから、こいつが毎回魔力を込めてやらないと」と第二皇子がアシュレイを見ながら言った。


(確かにそうね……)


 古代魔道具を発動するには、とんでもない量の魔力を必要とする。エリスや老爺たちだけで魔力をこつこつ溜めようとすれば、数十年かかるか、あるいは魔道具によっては一生かけても足りないだろう。


「そんなの心配しなくていいよ。いつでも僕に頼って。魔力を込めるくらい、何でもないことだから」


 思案しているエリスを見ながら、アシュレイが嬉しそうに言う。「役に立てるなら嬉しい」という感情が、見なくても伝わってきた。


(でも、最初から頼る前提っていうのも……)


 断るはずがないとわかっていて頼むのも申し訳ない気分だ。けれど魔力のことはエリスでは解決できないので、老爺二人が死者の鏡で亡き家族と話すための分は、彼に頼むことになるかもしれない。


「ありがとう、アシュレイ。もしかしたら二回くらいお願いするかもしれないわ。……頼ってもいい?」

「もちろん。二回なんて言わずに毎日でもいいよ」


 彼はエリスが遠慮していると思ったのか、安心させるように微笑んだ。


「兄さんが言ってたんだけど、商売に使いたいんじゃないかって……魔道具で新しい商売をして暮らすとか、そんな感じを考えてるのかな。それなら僕が毎日魔力込めればいいから、面白い暮らしになるかもね」


 アシュレイの想像に、「そんなにアシュレイの魔力ありきの生活なんかしていいのかしら」と思いつつも、アシュレイが平然と毎日エリスと共に暮らす未来を想像をしていることに嬉しくなった。


「ありがとう、でもそんな暮らしにはならないわ」

「え!?」


 彼が悲しそうな顔をするので、慌てて、「魔道具をそんなに頻繁に使わないって意味よ!」と訂正しておく。別に魔道具で生計を立てるつもりじゃないし……と考えていたせいで言葉が少し足りなかった。


「せっかく魔道具をもらうなら、たくさん使えばいいのに……どんなものがいいかな?」

「あ、ええと……この宝物庫の中を全部(くま)なく見て回ってから決めてもいい? 今日みつからなくてもいい? ……でしょうか?」


 つい話を逸らすようにアシュレイに訊ねたあとで、慌てて第一皇子に「構いませんか?」と訊き直すと、「もちろんだ」と頷かれた。


「俺たちは時間がないので今日はそろそろ失礼するが、あなたは焦らずに見て回ってくれ。何日掛けてでも、じっくり見てもらって構わない」


(あ、そうよね。お忙しいわよね)


 なにせ第一皇子である。


「お付き合いいただきまして、ありがとうございました……」


 エリスがお礼を言うと、第一皇子から契約書を手渡された。


「目当ての宝が決まってからでいい。署名をしておいてくれ」


 内容を見れば、「魔法救皇の公務、安全の保障に協力し、彼の不利益となる行動をしないこと。その協力への報酬として、宝物庫の品を一つ贈与する」と書いてある。


 そしてどこまで協力するかについては具体的に、「エリスに危害が及ばない限り」と書いてある。「手段として第一皇子との結婚を含む」と先程の内容も反映されていた。


「内容に異議があれば言ってくれ」

「いいえ、ございません」


 エリスがあっさり返答すると、アシュレイが慌てて「ちょっと見せてくれる?」と言ってきた。どうぞ、と手渡すと、「結婚は……結婚は消したほうがいいと思うな……」と悲しげに書面を見つめていた。


(でも、アシュレイの敵を誘き出すのには有効だと思うわ)


 舞踏会のことがあったので、エリスは『運命の乙女』最有力候補として貴族たちに認識されている。実際、あの不気味な敵――アシュレイの父親らしき人物は、エリスが運命の乙女だと思って、服従の魔法を掛けようと訪ねてきた。

 そんな運命の乙女が、第一皇子と大々的に結婚すれば、第一皇子が魔法救皇ということになる。


 敵の目的が『魔法救皇を最強の死体、もとい操り人形にすること』なら、第一皇子に狙いが向かうだろう。魔法救皇と真っ向から敵対して勝てる者などいないので、当然エリスに第一皇子を操らせようとまた近づいてくるはずだ。だがエリスは第一皇子に強制力など持っていないので、相手がエリスに何をさせようとしても何の問題も起きず――敵の目論見(もくろみ)は不発に終わり、みんなの安全が守られるだろう。


 もしも魔法救皇かどうかに拘らず、我が子であるアシュレイを狙ってくる場合でも、第一皇子に表舞台を任せているアシュレイの居場所など、敵が把握することはできないだろう。


(メリットだらけだし、何なら今すぐ結婚してもいいくらいだけど)


 むしろ第一皇子はエリスと結婚して問題ないのだろうか、と心配だが、きっとエリスが思いつくようなデメリットくらい、皇子たちはとっくに検討済みだろう。


「あの、これに署名をすると、私はもう宝をもらえるのですか? ……たとえ、どんなものでも?」


 つい、食い気味に聞いてしまうと、第一皇子は「そのつもりだ」とまっすぐに見つめ返してくる。


「よほど渡しづらい品だった場合は検討の時間をもらうかもしれないが」

「……と言いますと?」

「国防に関わるものなど……まぁ、ここに保管されている時点で、ほとんど実用されていないものだが。かといって他者に渡っては困るものもある。あとは扱いが難しい危険物など――アシュレイ、その辺りのことは把握しているな?」

「はい」

「ではお前に任せる」


 そろそろ次の予定が近いのだろうか、第一皇子はエリスに締めの挨拶をする。


「では、ゆっくり選んでくれ。しばらく滞在できるように部屋を用意してある」

「……何から何までお心遣いいただき感謝いたします」


 エリスは心から謝辞を述べた。

 第二皇子もエリスにひらひらと手を振り、皇子二人は宝物庫を出ていった。

 

 広い宝物庫には、エリスとアシュレイだけが残される。


「じゃあ、端から順番に見ていこうか?」


 先ほどからエリスがきょろきょろとしているので目移りしていると思っているのだろう。「一つずつ解説する?」と親切に言ってくれる。


 だが、エリスの欲しいものは最初から決まっている。もちろん、宝物庫のあらゆる品々に対する好奇心はあるが、さすがに全部を見て回るには何日もかかるだろう。そこまでアシュレイの時間をもらうわけにはいかない。


「アシュレイは今日はもう用事はないの?」

「うん、僕はわりと自由がきくから……というか、普段は使いっ走りというか、魔道具部門の先輩たちには箒で飛ぶしかできないと思われているから、遠方への派遣を任されがちで……でも僕は転移魔法を使えるから、その空いた時間に……なんというか、こっちの仕事をしているよ」

 

 最後はひそひそと小声になっていた。こっち、というのは魔法救皇としての仕事だろう。自分たちしかいないのに、エリスもなんとなく緊張が移った。


「本当のことを隠して暮らすのって大変でしょうね……」

「あ、ええと、その……隠していてごめん、僕が、つまり……」


 魔法救皇だ、と言おうとしてくれているのだろうか。彼からは躊躇と罪悪感が見える。


「皇帝陛下に止められてるんじゃなかった?」

「う、うん……」

「言わなくても大丈夫よ。わかっているから」


 エリスが微笑むと、彼は安堵したようだった。罪悪感もまだもやもやと出ていたので、話題を戻すことにする。


「私が欲しがったらまずいものって、それはそれで面白そうよね。もしそれが欲しいって言ったらどうなるのかしら」


 からかうように微笑みながら、エリスは周囲の魔道具たちを見渡した。


「危ないものって……たとえばあれとか?」


 布を掛けられた大砲のようなものが、近くの壁際に置いてあった。


「あ、そうだね、それは魔神用の大砲かな」


 掛け布をめくって、彼が中身を見せてくれる。黒く、無骨な大砲だった。


「わあ、強そう。でも、普通の武器みたいに見えるけど……」

「見た目はね。……でも『もし魔法救皇がいない時に魔神の封印が解けてしまったら』っていう想定で大昔の大魔導士たちが開発した品だから、一般人には持たせられないくらいの威力だよ。この城の周辺から王都の中央まで――城ごと一瞬で消し飛ばして更地(さらち)にしてしまうほど強いんだ」

「……」


 エリスのいた村くらいの範囲、平気で無に還せるのだろう。思わずエリスは絶句した。


「びっくりした? 魔道具だから、見た目よりもずっと大きな影響を及ぼすんだ。……あ、その分、魔力も膨大な量を消費するから、誰かが持っていっても、たぶん僕以外では誰も使えないけどね」

「……確かに」


 どれほど強い古代魔道具であっても、アシュレイほど膨大な魔力を込められる者がいなければ宝物庫で眠るしかない。魔法救皇(アシュレイ)がいない世界で役立つためのものなのに、アシュレイがいなければ使えないのだ。


「そもそも、この大砲の一撃って、アシュレイより強いの?」


 子どもっぽい質問が面白かったのだろうか、

「ううん、僕のほうが強い」

 と、楽しげにアシュレイが答えた。


(じゃあアシュレイがいたら、結局使い道はないのね……)


 大昔の魔導士たちも、現代魔導士がここまで弱体化するとは思わなかったのだろう。


「でもね、魔力と魔道具さえあれば、他の人でも扱えるっていうのはとてもいいことだと思うよ」

「ええ、それは私もそう思うわ」


 皆にそれぞれ豊かな魔力があったなら、魔法救皇なんていう特殊な一人が選出されなくて済むのだ。

 ……特殊すぎて裏切られたら人類が滅ぶから、運命の乙女に逆らえないようにしよう、なんて余計なものまで用意されなくて済むのだ。


(アシュレイは臆病なのに、魔神の封印が解けたら戦わなくちゃいけないなんて……)


 彼が半泣きで戦うところをついつい想像して――


(あ、でも魔神に怯えるタイプでもないのかしら……?)


 彼は気弱そうに見えるが、魔神に恐怖するかは別問題だと思った。


「ねぇ、魔神と戦うのって怖い? 強い相手と戦うのって嫌だなぁ、とか思う?」

「え? ううん?」 


 エリスの問いに、彼は不思議そうな顔で否定した。


「……あ、でも、もちろん封じ直しに失敗しちゃって民に被害が広がったらどうしよう、とかは心配だよ! 怖いよ!」

「うん、アシュレイはやっぱりそういう人よね」


 魔神自体に対して「狼が怖い。オバケが怖い」みたいな感覚はないらしい。失敗して民に被害が出ることを一番に怖がっているのは、とてもアシュレイらしいな、と思った。


 彼は弱気になったのを恥じたのか、別の魔道具へと視線を移し、そそくさと解説を再開した。


「あ、こっちの魔道具は人の心を覗けるんだって。壊れてるけど」


(私の能力と似てるわね……)


 なんとなく気まずい思いだ。


「こっちの魔道具は、刃が回転して、なんでも瞬間的に切り刻むやつ……暴走したまま直せてないから……エリスさんには持たせられないな」


(怖いわ……)


「こっちのは……」


 エリスが黙っていると、「あ、もしかして呆れてる!? ガラクタだらけだなって!?」とアシュレイが慌て出した。


「え? あ、ごめんなさい、考え事をしていて返事を忘れてしまったの。ガラクタだなんて思わないわ。それにしてもアシュレイ、ここの魔道具のことを全部把握しているの?」


 さすがに全部ではないだろうと思いつつも訊ねてみれば、「……う、うん、直せるようになりたくて」と、彼は否定しなかった。


「どれから直すべきか、優先順位をつけておきたくて。どれなら直せそうかな、とか、どれが一番、今のこの国に必要かな、とか色々考えたくて……」

「……努力家なのね」


 エリスがぽつりと言うと、彼は照れくさそうに「普通のことだよ」と、はにかんだ。


 誠実に、自分の出来ることと向き合う彼を見ていたら、もう誤魔化したくないと思って――エリスは正直に彼に頼ることに決めた。


「あの、アシュレイ……」

「うん?」

「死んじゃった人に会える魔道具はある?」


 彼は目を見開いた。



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