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37_いざ宝物庫へ①



 エリスとアシュレイが落ち着くと、第二皇子が「宝物庫の話は?」と小声で第一皇子に囁いた。


「ああ、そちらも重要だな。――エリス嬢、あなたの望みを叶えよう」 


(……私の望み?)


 エリスは第一皇子に向き直った。彼はエリスをまっすぐに見て言った。


「宝物庫の宝を一つあなたに贈る。その代わりに、我々と協力することを魔法契約書で誓ってもらいたい」


(宝物庫……!?)


 最終目標が向こうから飛び込んできた。思わぬ提案に、エリスは目を丸くする。


(皇子側から言ってもらえるなんて……!)


 なんとありがたいことだろうか。

 エリス側から頼むのは難しいことだと思っていた。

 第一皇子には「何が目的で城に来た?」と馬車の中で問われた時に、「宝が欲しいです」と、もう敵や密偵だと疑われないように正直に答えておいたが――


(欲しいものをちゃんと伝えておくと、良い方向に進むこともあるのね……!)


 今まで叔母に搾取される暮らしが長かったので、一番の望みなど――自分の弱点になるようなものなど、なるべく隠すべきだと思っていたが、何やら皇子たちはエリスの願いを尊重してくれるらしい。


「宝をいただけるのですか? ……ど、どんなものでも?」

「ああ、今から宝物庫へ選びに行くか?」

「!」


(今から!?)


 エリスは急速に緊張してしまい、ついつい自分の心臓の上を両手で抑えた。

 こんな前触れもなく、目的に辿り着く日が来ようとは。

 舞踏会に行って、命からがら逃げ帰った甲斐があったというものだ。


(ロズじいちゃんとマルスじいちゃんたちも喜ぶわ!)


 ぱあっと目を輝かせたであろうエリスを見て、「わかりやすっ」と第二皇子は驚き、「可愛い……可愛い……」とアシュレイは呻いていた。



       ◇◇◇



 アシュレイが認識阻害の魔法をかけたので、誰にも注目されることなく、四人で廊下を歩くことができた。よほどの行動をしなければ存在に気づかれない、という魔法らしい。


(こんな皇族三人セットで歩いていても注目されないなんて……)


 運命の乙女と、皇子二人と、謎の魔導士アシュレイ。通常だったら、今日一番の噂話の種になるだろう。

 なんだか妙な気分だった。


 アシュレイはエリスの隣を歩きながら、にこにこと「こうしてちゃんと顔を合わせて話せるのは、なんだか久しぶりな気がするね」と少し照れながらエリスを見つめていた。

 つい先日のデートの時には、彼の方からはエリスの素顔が見れていたのだが、やはり『名乗ってはいけない』という決まりの中でエリスと接するのは、彼にもつらいものがあったのだろう。


「そうね、しかもお城で普通に話しているなんて、なんだか不思議な感じだわ」


 エリスの言葉に、彼は「確かに」とちいさく笑った。

 それから、優しい顔で訊いてくる。


「エリスが欲しいものって、『宝物庫の国宝級の魔道具』だったの?」


 彼にそう訊かれて、なんとなく気後れしながら、「そうなの」とエリスは頷いた。第一皇子にまさにそう言ったのを、彼は後から聞いたのだろう。


「そっか、『白馬の王子様からなんかすごいプレゼントがほしい』みたいな感じじゃなかったんだね……? ごめんね、僕が勘違いしてたみたいで」

「……い、いえ、私の方こそ、ちゃんと言えなくてごめんなさい」


 その場しのぎで誤魔化そうとするから、後でこんなしどろもどろになるのだろう。嘘をつくのは苦しいことだなとエリスは反省した。


「謝らないでよ。エリスが魔道具に興味があるなんて嬉しいよ。僕はお城の魔道具については結構知ってるから、いつでも何でも聞いてね」

「ありがとう」


 一階の奥まった別棟へと向かい、やがて宝物庫の前へ着いた。第一皇子が鍵を取り出し、アシュレイが魔法を唱えながら鍵を回す。魔法で封じられていた荘厳な扉が開かれて――アシュレイたちに促されて、エリスは緊張しながら足を踏み入れた。


 横に立つアシュレイが手を振るうと、薄暗い広間の壁に、次々と魔法の白い光が(とも)されていく。

 光に満ちた部屋には、見渡す限りの財宝が並んでいた。


(すごい……)


 どこまでも広い、舞踏会場ほどの空間に、輝かしい美術品が整然と並んでいる。壁際には家具のようにも見える大小様々な形の魔道具が並んでおり、その質感から途方もない歴史を感じさせた。一番大きなものなど、遠くからでも見上げるほどの高さで――布が掛けられているので中身はわからないが――老爺たちと住んでいた小屋ほどの高さだった。きっと古代魔道具の一つだろう。


(さすが、国の宝物庫だわ……)


 盗賊団でも一晩では到底運びだせそうにないほどの量だった。


(い、いえ、つい悪い例え方をしてしまったわね……)


 もともと国宝の一つを持って帰る、という目的があったせいで、ついつい『これを盗むのは大変そうだな』などと盗む側目線で考えてしまった。後ろめたさで宝物たちを直視できない。


(鏡……鏡はどこかしら)


 死者の鏡。老爺たちが求めている、死者と話せるという鏡を持って帰るために、エリスは城の舞踏会に飛び込んだのだった。


(どうやって探せばいいのかしら……鏡なら見ればわかると思って詳しく訊かなかったけれど……大きさを訊いておくのを忘れたわ……)


 全身を映す姿見くらいだろうか、それとも持ち運びやすい手鏡くらいなのだろうか。これほど品物があると、探すのだけでも何日も掛かりそうだ。


「国宝級の魔道具はこっちだよ。家に置けるくらいならこの辺がいいかな」


 アシュレイがそう言って案内してくれた壁際の机には、様々な品が並んでいた。

 なにかを量る天秤や、砂時計、鉄製の人形――本当に様々な形をしていて、用途も想像がつかないものばかりだった。


「これ全部、古代魔道具なの?」

「そうだね。壊れてるものがほとんどだけど」

「あら……やっぱり古すぎるものは、壊れてしまっているのね。直すことはできないの?」


 そう訊くと、アシュレイが気まずそうにする。離れたところにいた第二皇子が「魔法救皇は万能って言っても、何でも出来るわけじゃないからねぇ」と呟いていた。


「うっ、ごめんね……魔力がどれだけあっても修繕の技術自体は学んでないとどうにもならないから……しかも僕は不器用で……で、でもいつか必ず、どんな魔道具も直してみせるから」

「ああ、前にも少し聞いたような気がするわ。勉強中だって言ってたわね」


 最初に森にアシュレイが来た時、老爺たちの持っていた魔道具がもう壊れたと話したら、そのようなことを言っていた。

 少しずつでも堅実に未来に向けて努力しているなんて立派なことだなぁ、とエリスは思ったが――


 それを聞いていた第一皇子は、強い声で否定した。


「いや、今この瞬間でも、あらゆる魔道具を直すこと自体は可能だ。現実的には実行できないだけで」

「?」


 それはつまり――直せるのだろうか、直せないのだろうか。何やら矛盾しているように聞こえて、エリスは首を傾げてしまった。怪訝さを隠さずにいると、第一皇子の赤い瞳がエリスを静かに見つめ返す。


「よく覚えておけ。魔法救皇は万能だ。ゆえにどんな願いでも叶えることはできる。その過程にある代償を考慮しなければ、の話だが」

「……代償?」


 なんだか不穏そうな単語が聞こえて、エリスは身構えた。


「そう、代償だ。無から有を生み出すことはできない。何かの形を変えるならば、必ずその物か、関わる周囲に影響を及ぼす。……小屋を建てたいと願ったのなら、その木材はどこから来るのか。血の足りない怪我人を救いたいのなら、その血液はどこから得られるのか。……種苗や本人から急速に育てるのならまだいいが、その過程を一つ一つ指定しなければ、魔法救皇自体の望みはどんなものでも一瞬で叶ってしまう。事前に『何を捻じ曲げ、奪っていくのか』を考慮できなければ、過程に巻き込まれるものがどんな目に遭うかわからない。ゆえに知識と器用さが必要だが、アシュレイは不器用だ。その結果、万能さに不足があるように見えるだけだ」

「……」


 それはつまり、どういうことなのだろう。エリスが受け止めきれずにいると、第一皇子は言葉を足した。


「あらゆる人倫を無視すれば、魔法救皇の能力自体に制限はない。人の心があるから、現実的には不可能なだけだ」

「…………」


 多めに説明されてもよくわからなかったが、聞き終えた返事として深く頷いておく。なにやら怖い話だった気がしてエリスの体温は下がっていった。「兄さん!」とアシュレイが咎めるような声を出したが、第一皇子は「こいつを人類の敵にはするなよ」と余計に怖いことを言うだけだった。




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