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私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第三章:呪いと黒猫とデート
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30_勘違いの始まり②(※彼視点)



 ――デート前日、エリスと別れた黒猫のアシュレイは、古城に転移魔法で帰った途端、人間の姿でベッドに飛び込んで叫んでいた。


「兄さんのバカ!!」


 壁際に立て掛けられた魔杖が、「うわ、お前、仕事ほっぽりだして何してんだよ」と驚いた声を出すが、アシュレイはそれどころではなかった。


「どうしようエリスさん勘違いしてるよ……明日兄さんとデートすると思ってるよ……!」


 枕に顔を押し付けて、アシュレイは呻く。


「よくわからねえけど、勘違いしてるんなら訂正すればいいだろ」

「おじいさま……」


 その声にようやく気付いたように、アシュレイはベッドから顔を上げて、「だめなんですよ……」と呟いた。


「だって俺はその勘違いを聞いてないことになってるし、当日だって魔法救皇としてデートするから素顔は見せられないし、そうしたら兄さんだと思うだろうし……うわああどうしよう。なんだか知らないうちに仲良くなってるみたいだし、エリスさんもまんざらでもない感じだったし……一体どうして!? やっぱり馬車での会話を盗聴しておけばよかった! 盗聴したら殺すって兄さんに言われてたけど!」


 じたばたと暴れるアシュレイに、「お前、大丈夫か……」と魔杖は呆れた声を出す。


「よくわからねえけど、第一皇子様はそのエリスって小娘をお前と関わらせることにしたのか?」

「はい。兵士たちに運命の乙女を慣らすためのデートをしてこい、って言われました。あとは念のため、よく話して本当に運命の相手かどうか見極めろって。それについては俺はもう疑ってないのですが……」

「間違いなく、運命の相手なんだな?」

「はい」


 アシュレイが神妙な顔で頷くと、魔杖が飛んできて、容赦なく頬を叩こうとした。


「うわっ!」


 素早く避けたが、鋭い風圧で頬が痛い。


「何をするんですか、おじいさま!」

「お前こそ何をぼさっとしてるんだ。見つけたら始末しろって言っておいたよな? せめて今すぐ幽閉しろ」

「しませんよ!」


 アシュレイは負けじと叫んだ。


「エリスさんに不自由をさせるくらいなら、僕が死にます」

「おい、お前が死んだら人類はどうなるんだ。自然災害はともかく、魔神の封印が解けたら人間の手には負えねえぞ。何のための『魔法救皇』だ」

「僕が死ぬ前に復活しないのが悪い」


 平然と言うアシュレイに、魔杖は溜息を吐く。


「……これだから、色恋ってのは面倒なんだ。本気で惚れる前にあの小娘をどうにかしろって言っただろ」

「冗談ですよ、おじいさま」


 死ぬ気はありません、とアシュレイは苦笑してみせるが、魔杖は神妙な声を出す。


「あのな、アシュレイ。運命だの夢だの理想だのなんてものとは、添い遂げられないことの方が多い。運命だとわかっていても、一番欲しいものだとわかっていても、違う道を進むことを自分に許容しろ」

「なんて夢のないことを……」


 アシュレイが顔をしかめると、「本気で忠告してるんだぞ」と念を押される。


「お前はただでさえ危なっかしい存在なんだ。極端なものを望むのはやめろ。偽物でいいから、運命じゃなくていいから、ほどほどに楽しい相手と暮らせ。……養子になる話も、何年か前にあっただろ。義理の家族でもいいから、それなりに楽しく暮らせばいいだろ」

「ああ、皇帝陛下の隠し子、ってことにするか、って話ですか?」


 アシュレイ眉を下げて、自嘲するような顔をした。


「嬉しかったな。家族になりましょうって、両陛下がおっしゃってくれて。本当は甥なのに、息子のように接してくれて。……でもしっかりお断りしましたよ。両陛下は仲睦まじいのに、俺が隠し子なんてことになったら、皇后陛下を妬んでいる貴族が、ここぞとばかりに『余所見をされた后』として喜ぶでしょう。あの家族の醜聞になりたくはありません。継承権もややこしいことになるし、従妹(いもうと)も、きっと俺の本当の親のことを、まだ黙ってはいられないだろうし」

「本当の親って……お前、覚えてるのか?」


 魔杖の緊張したような声に、「え? ああ、違いますよ」とアシュレイは言い、机の引き出しへと歩いていった。


「ほら、ここに母様の日記が。〝重い病気で半年寝込んでいたら、転移魔法で不審な男が侵入してきて、宮廷医も匙を投げた不治の病を治してくれた。お礼をしたいと引き留めたが、目が合わなくて、ろくに会話もしたがらなくて、前髪が長くて、服も黒尽くしで――〟……ふふ、面白いですよね、この二人、よく仲良くなりましたよね」

「……お前は完全に父親似だな」


 魔杖は溜息を吐く。


「その前髪、父親に寄せようとしてないだろうな?」

「違いますよ。実際に見たこともないし。むしろ少し切ったんですよ。……エリスさんは『白馬の王子様』が好きみたいだし、見た目だけでも少しは皇子っぽくなろうかと。……ああでもやっぱり本物の皇子じゃないと駄目なのかな。俺なんかより兄さんの方がずっとエリスさんの好みに近いんだろうな……どうしたらエリスさんの夢を叶えられるんだろう……ああ、エリスさんごめんなさい、俺が皇子じゃないばっかりに……」


 落ち込み始めると、「まだ長いくらいだが、まぁ、いいんじゃねえの」と魔杖は言った。


「お前は鬱陶しい前髪さえどうにかしておけば、それなりに人は寄ってくる。他人と関わりやすくなるのはいいことだ。運命の乙女とは縁を切るべきだが」

「またそういうことをおっしゃる……」


 アシュレイが苦笑すると、魔杖は「本気で言ってるんだぞ」と真剣な声になる。


「お前、運命の乙女のせいで殺されたらどうする?」

「そんなこと、エリスさんはしませんよ」

「……わからねえだろ。本人にその気がなかったとしても……服従の魔法だってあるんだからな。操られることもある」


 アシュレイは息を呑んだ。


「……そんなこと、させません」


 そして机の上にある銀色の装身具を見つめた。

 彼女の足首に掛けられていた呪具だ。加護の祝福を老爺二人が掛けていたようだが、それを上書きするかのように、何者かが悪意を持って服従の呪いを掛けていた。高熱に寝込む彼女に身に着けさせられており、そのまま放置していれば、彼女は術者の言いなりになっていただろう。


「俺が防ぎます。……伯爵邸にはもう結界を張ったし、二度はない。毒だって、未然に防げなかったことが悔しいです」


 アシュレイは床を睨んで、歯を食いしばる。


「……犯人、一体どこの誰なんでしょう。運命の乙女を妬む他家の貴族だとは思いますが、追跡しようにも奇妙に途切れていたし……まさか転移魔法? 現代で僕以外に長距離転移ができる人っているんでしょうか? 僕の父様は亡くなってるし――まさかその親戚とか?」

「……まあ、転移魔法士なんて、もういねえだろ。あんまり自分から動き回るな。次に来た時にぶっ叩けばいいだろ」

「いや、それだと後手に回るから――」


 なおも悩み続けるアシュレイに、魔杖は無情にも言う。


「とりあえず、明日のデートのことでも悩んでおけ」

「ああ! そうだった!」


 アシュレイは悲鳴を上げて、頭を抱えた。


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