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私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第三章:呪いと黒猫とデート
22/69

22_腕輪



 老爺たちと昼食を食べ終わった頃、森に伯爵家から迎えが来た。

 一応、養女に入った身なので、伯爵家に戻らなければならないのだ。


 知った顔の若い侍女が、老爺二人に言った。


「伯爵様から言伝を預かってまいりました。注文しておいた品ができたので、お二人に加護の魔法を掛けてもらい、エリスお嬢様への贈り物としたい、とのことです。加護の魔法を掛けていただけますか?」


 侍女は、何やら高級そうな化粧箱を取り出した。

 箱の中には、二つの腕輪が収められていた。それぞれ真ん中に、透明な宝石のようなものがついている。


「え、これは何?」


 エリスが訊くと、「魔石をくれたんじゃ」とロズじいさんが言う。


「……しかし、腕輪にしてしまったのか? 断ったはずじゃが」


 無口なマルスじいさんも、「エリスに腕輪は……」と渋った。


(……腕輪)


 その銀色の輪を見ると、かつての足輪を思い出す。

 叔母に嵌められた、逃げ出せない家畜としての扱い。


 急に胸が苦しくなって、うまく息ができずに手で喉元を押さえる。


「エリス大丈夫か!?」

「顔色が悪いぞ!」

「大丈夫……」


 なんとか声に出すが、嫌な感覚が抜けてくれない。


「すまん、エリス。伯爵様には、『せっかく加護の魔石を贈るなら身に着けられるように装飾品にどうか』と言われておってな。加工は断ったはずじゃが……」


 ロズじいさんが箱の蓋を閉じて侍女に返す。若い侍女がおどおどと困ったように老爺とエリスの顔を見比べた。エリスへの純粋な心配の色も見えている。


「……わざとじゃないのは、わかっているから……むしろ、気を遣わせてごめんなさい」


 エリスは侍女に近づき、その箱を貰い受けた。蓋をもう一度開け、おそるおそる腕輪を手に取り、内側を見る。

 かつて叔母に着けられていた足輪は、内側に文様があった。脱走防止の魔術式が刻まれており、魔石なんて高価なものは付いていなかった。ゆえに誰にでも――掛けられたエリス本人以外は誰でも外せるような粗末な魔道具だったらしい。


 これは魔石のみで、何も()られていない。


「きっと着けられないと思うけれど、持っていっていいかしら。……この魔石に、二人が加護の魔法をかけてくれるの?」


 エリスが老爺たちを振り返れば、「あ、ああ」と二人は頷く。


「平気か、エリス?」

「うん。お願いしてもいい? そういう贈り物、もらえるなら欲しいから」


 彼らがエリスの未来を祝福してくれる品だとしたら、手元に置いておきたかった。形ある愛情も、もらえるなら欲しかった。


「あまり期待せんでくれよ。おまじないのようなものじゃ」


 ロズじいさんが苦笑すれば、マルスじいさんも、

「俺はあまり魔法が得意ではない。これだけはまじないとして、若い頃から練習しておいたが」

 と前置きをした。


 それから二人は魔石に向かって手をかざし――白い光が魔石に満ちる。

 とても綺麗で、二人の祈るような感情が反映されているようだった。


 やがて光は収まり、老爺二人がエリスに

「祝福を」

 と微笑んでくれる。


「……ありがとう。大事にするわ」


 エリスが微笑んでみせると、「無理に着けんでいいからな」とロズじいさんが少し困った顔で言う。


「そもそも、贈られた装飾品は警戒しすぎるくらいがちょうどいいんじゃ。今では葬られた魔法のはずじゃが、『服従の魔法』の掛かった装飾品を知らずに身に着け続けてしまうとまずいからのう」

「ああ、一番怖い魔法ね」


 エリスの言葉に、老爺たちが頷く。


「そうじゃぞ、一日くらいならすぐ外せばよいが、長い間つけておくと徐々に支配されてしまう。一週間経てば自力では外せなくなり、解呪が得意な魔導士に早く頼まねば、やがてどんな命令も逆らえぬようになる。決して許されぬ禁忌の魔法じゃ」

「本当にろくでもない魔法ね」

「悪い者はいつの世にもいるからな、身に着けるものには気をつけなばならん。……ところでエリス、昨日から見慣れない耳飾りをしておるが……」

「ああ、これは大丈夫」


 彼らの視線は、アシュレイから昨晩もらった赤い宝石の耳飾りに向けられていた。

 好きな人がくれた、とはまだ気恥ずかしいので言わないでおく。


 しかし笑みがこぼれていたのか、「幸せそうじゃ……良かったのう……」とロズじいさんに涙ぐまれた。たぶん、魔法救皇がくれたということは察せられたのだろう。


 マルスじいさんも嬉しそうに「うん、うん」と頷きつつも、「念のため、贈られるものには気をつけるんだぞ。装飾品だけじゃなく、他人がくれたものを無闇に食べてはいけないぞ」と幼い子どもに言い聞かせるように念を押した。


「ええ、わかっているわ」


 エリスがまともな交流をせずに育ったところがあるとわかっている二人は、この二ヶ月、大人が子に与えるような常識をたくさん教えてくれえた。


「大丈夫、心配しないで」


 エリスは感情が見えるから、相手が何かを渡してくる時、何かに誘ってくる時に、悪意の有無がわかるのだ。

 騙し討ちのようなことは――幼かった頃に叔母にわけもわからず腕輪を着けさせられたようなことは、もう起こらない。


「二人のおかげで自由になれたから、私はもう大丈夫」


 足輪を思い出すと、まだ身が凍るけれど、もらった腕輪は箱ごと鞄にしまって、「またすぐ顔見に来るから」と老爺二人に別れを告げた。

 森の入口で迎えの馬車に乗り、伯爵家へと向かった。



 伯爵家の屋敷に帰ると、足の悪い伯爵も玄関ホールまで迎えに出てくれて、「舞踏会では大変だったようですね」とエリスをねぎらってくれた。彼は生きていればエリスと同じ年ごろの娘がいたからか、エリスに対してとても優しい。この屋敷に迎えられてから、いつも穏やかな感情ばかり浮かぶのを見ている。


(最近は周りの大人に恵まれているわ)


 屋敷の使用人たちの中には、もちろん平民のエリスを伯爵令嬢扱いすることに対して密かに反発している者もいるが、表立っては示してこない。伯爵から「ひそかに運命の乙女を迎えたから丁重に扱うように」と言われているようで、見える感情からして、そもそも運命の乙女だと信じていない者も多かったが、今のところ、エリスが必死に令嬢の勉強をしている分には、みんな協力してくれている。


 舞踏会を終えて帰ってきたエリスに、どことなく好意的な感情を向ける使用人が増えていた。


(昨日の舞踏会のことがどう伝わっているのか少し不安だけど……怒られなかったから、セーフなのよね?)


 その日の夕食も、エリスの好みにあったメニューだった。

 豪華な食事をたくさん食べたせいか、眠気に抗えず、早めに就寝しようとベッドに入った。


 そしてエリスは――高熱にうなされた。



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