13_自由な第二皇子
二階に上がると――なんというか、退廃的な雰囲気が漂っていた。
豪華な料理と、芳しい葡萄酒の香り。
広いソファーには、優雅な青年と――複数の女性。
運命の乙女探しになど興味が無い、という若い集団が楽しげに歓談していた。
「すごいわ、複数の女性を侍らせているなんて……あれが第二皇子様? やっぱりモテるのね」
黄金色の髪は、先ほど見た第一皇子に似ている。第一皇子よりも柔和な顔つきで、若い令嬢も安心して話しかけられるだろうという愛想の良さが見受けられた。……かなり女遊びをしていそうではあるが。
隣でアシュレイが「あ、しまった」という顔をした。
「ご、ごめん、あまりよくないところに連れてきちゃったね……まさかここまでとは思わなくて」
エリスにそういうところを見せたくなかったのだろう。彼が申し訳なさそうな顔をする。
「いえ、あれはあれで絵に描いたような上流階級っぽくて、面白いわ」
「面白いかな……?」
「思考がわかりやすいと安心できるもの。じゃあちょっとお話してくるわね」
「え、行くの!?」
アシュレイが動揺した声を出すと、第二皇子がこちらに気づいた。エリスを見て、そして横のアシュレイを見て――ぎょっとしたように目を見開いた。
(? アシュレイに驚いている……?)
まあこれほど桁外れの美貌を持った黒髪青年が近づいてきたら、大抵の人はソファーから飛び上がりそうにもなるだろう。
第二皇子はしばらくエリスとアシュレイを交互に見て、何か物言いたげな顔をしていたが、やがて飽きたようで、また隣の女性たちとの歓談を再開した。
「……アシュレイ、もしかして第二皇子と知り合いだったりする?」
訊ねてみると、彼はそっと視線を逸らし、
「……顔と名前は一致する、くらいの仲だよ」
と言った。
嘘と真実が入り混じった感情が視えたが、深くは追及しないでおいた。
「じゃあ、今度こそ行ってくるわね。アシュレイはここで待っていて」
「……本当に行くの? ……一人で大丈夫?」
「平気よ」
エリスはしずしずと歩き、第二皇子に近づいていった。なるべく高貴な令嬢に見えるように、淑やかさを意識したのだ。
目の前まで行くと、皇子が気怠そうにエリスを見る。先ほどまでは女性たちに柔和な笑顔を振りまいていたのに、エリスに対しては露骨に嫌そうだ。
(え、もう既に嫌われているの……?)
さすがにショックだが、エリスの最優先事項は、第二皇子が魔法救皇かどうか確かめることだ。
(ええと、まずは話しかけて――あれ、第二皇子様には『わたくしと踊りなさい』って言っていいんだったかしら……?)
第一皇子は階下で堂々と列をさばいているが、第二皇子はどのようにしているか聞いていない。無礼講でないのなら、格下のこちらから話しかけるのは不敬である。
黙ってしまったエリスを見て、第二皇子は、上から下まで――エリスを観察した後、
「……俺の好みじゃないな」
と、すぐ興味を失ったような顔になった。
そしてエリスなどいないかのように、周囲の女性とまた楽しげに葡萄酒を楽しんでいた。
(うん、なんか……違う気がするわ)
会った瞬間に、たぶん、この人は違う、とエリスも思った。
一応会釈だけして、エリスは静かにその場を去った。特に会話をしなかったが、これといって後悔はない。
すぐに戻ってきたエリスに、アシュレイが「大丈夫!?」と駆け寄ってくる。
「な、なにか変なこと言われてない? 『今度二人きりで会おう』とか誘われてない? あの人はちょっと女性関係が派手というか……」
エリスがもてあそばれてないか心配してくれたらしい。ついエリスは苦笑してしまう。
「大丈夫。それ以前の問題よ。私のことは『俺の好みじゃないな』とおっしゃっていたし」
「……殴ってこようかな」
ぼそっと低い声でアシュレイが言った。
「アシュレイ!?」
気弱な彼が言ったとはすぐには信じられず、「え、今なんて言ったの!?」と聞き返してしまった。
「ああ、ごめんね、エリスを――エリスさんを『好みじゃない』なんて許せないなって。本当に失礼だよね。一体何様のつもりなんだろう」
黒く静かに燃えるような感情が見えてしまって、慌ててエリスはアシュレイに顔を寄せる。
「あ、あの、私のために怒ってくれてありがとう! でも平気なのよ! ちっとも傷ついてないから!」
だがアシュレイには聞こえていないようだ。床を一心に見つめながら、彼が喋り出す。
「……あの人はね、わざと軽薄な態度で生きているんだ。本気で近づいてくる令嬢のことは突っぱねて、後腐れない相手としか遊ばないんだ。だからエリスさんに魅力がないってわけじゃないからね。エリスさんは本当に素敵で可愛くて、自然体でも綺麗で、森の澄んだ空気みたいで、やわらかな羽を持った妖精みたいに見えるからちょっと危うげで世間離れしたところがあるっていうか、そこが魅力なんだけどやっぱり心配だしそういうところに悪いやつが付け込みそうで気が気じゃないっていうか中途半端に関わろうとする男はもう全員ぶん殴りたいっていうか――」
彼がものすごくつらつらと淀み無く喋り続けるので、エリスはどうしたらいいのかわからなくなった。しかも気のせいかわからないが、先ほどから紫の閃光が、彼の周りで激しく明滅し続けている。雷の紫電のような――これは一体何なんだろう、とエリスは困惑しっぱなしだった。
「うん、ありがとう! わかったから、大丈夫よ、落ち着いて! 私は平気だから、アシュレイもそんなに怒らないで!」
エリスがそう頼むと、はっとしたようにアシュレイと目が合う。紫の瞳が瞬いた。
「ご、ごめんね。エリスさ――エリスのこと、その、つい、心配で……」
すぐに彼は止まってくれた。いつもの穏やかな彼に戻っていて安心する。
「あ、そうだ、アシュレイ……今ちょっと光ってたけど、大丈夫?」
感情が視えているかと思ったが、紫の明滅は、実際に魔法として出ているような気がするのだ。最初に会った時、箒で落ちていった時も、何度も明滅していたような気がする。
「あ、雷のことかな……動揺すると出ちゃうんだ。ごめんね。……怖かった?」
彼が不安そうに訊いてきた。エリスは静かに首を横に振る。
「怖くはないけれど、どうしたのかなって心配したの。アシュレイ自身は平気なの? 体調に影響はない?」
「うん、なんともないよ」
「それならいいわ」
ほっと二人で息を吐いて落ち着いた。
……ただ第二皇子に会いたかっただけなのに、何やら結構疲れてしまった。
(でも、どうしよう。……第一皇子も第二皇子も違う気がするわ)
流れ作業で令嬢のダンスを断り続ける第一皇子と、遊び相手しか探していない第二皇子。
どちらも運命の相手とは思えない。
(しいていえば第一皇子だけど……他に皇族は……さすがに六歳の皇女殿下は違うでしょうし……)
直系の皇族には、末の皇女もいるし、魔法救皇に男女の指定はないが、仮面をつけた魔法救皇が活躍し始めたのは十年以上前なので、六歳の皇女は年齢的に候補から除外していいだろう。
そして『百年に一度、その時代で最も慈悲と権力のある国の王族に生まれる』という言い伝えだが、生まれる周期はきっちり百年というわけでもない。数年のずれはあるので、二歳差である二十歳の第一皇子と十八歳の第二皇子、どちらであってもおかしくないのだ。あるいは、他国の王族という可能性も無くはないが、ずっと大国であるこの帝国から魔法救皇を輩出しているし、他国が初めて得たのなら匿名で活動するメリットはかなり少ない。
(そもそも、どうして当代の魔法救皇は顔と名前を隠しているのかしら)
歴代の魔法救皇は素性を隠したりしなかった。皇子たちに直接確かめればわかるだろうが――あまり他人から構われたくないのだろうか。
むしろ運命の乙女自体、邪魔だと思う性格かもしれない。
(もし「俺は恋愛したくない」とか「運命とか言ってくるやつは嫌いだ」って性格だったら……私、処刑されちゃったりして)
第一皇子も言いそうだし、第二皇子は、もっと言いそうだ。
(……それ以外の可能性だと……隠し子がいたりして?)
もし第三、第四の皇子がいるならば、エリスとしても納得できる。
隠し子ならば、なぜ仮面をつけ、魔法救皇であると公表していないのかも説明がつくだろう。
できれば第三の皇子がいてほしいものだと思いながら、一階のダンスホールを柵から身を乗り出して覗いてみた。
第一皇子の列が、落ち着き始めている。
「そろそろ並んでこようかしら」
「えっ」
アシュレイが悲しそうな顔をした。




