第26話:団らんは楽しい
せっかく自分の事を理解してくれて自分の姿で話すことも出来るようになったのに、今回悲鳴を上げてストレートパンチして終わってしまったことショックを受けていた舞だったが、ゆっくりと考えを変えていった。
(そうだよ、今回が最後じゃないし1か月に3分だけだけど変身できる。次からは服を用意すれば問題も無いし、うん大丈夫)
「豆腐メンタル、豆腐メンタル。うん、次の時しっかり準備すればいいよね」
「いたたたた……姉ちゃん、痛いって」
舞が気を取り直したその時、クリーンヒットした顎の辺りをさすりながら司が立ち上がった。舞はピョンピョン跳ねてそちらへと近づくと心配そうに下から覗きこむ。
「あっ、ごめんね司。お父さんは大丈夫そう?」
「ちょっと待って。父さん、父さん。大丈夫か?」
「……うっ。司か。舞、は元に戻ってしまったようだな」
「ごめんね2人とも」
司にゆさゆさと揺らされ目を覚ました父親がはっとした仕草で舞の方を向き少し残念そうな表情をした。そのことに舞自身申し訳ない気持ちが湧いてきたがそれでも自分に向けて舞と呼んでくれることが嬉しかった。
「っていうか姉ちゃんしゃべれるじゃん」
「あれっ、本当だ」
「自分で気づいてなかったのかよ。そんな風になっても相変わらずだな、姉ちゃんは」
司が嬉しそうに笑う。その笑顔を見て舞も父親も笑った。和やかな東風家のいつもの光景が戻って来たかのようだった。そんな3人の元にノーフとホタルがやってくる。
「おそらくもう正体がわかってしまったので強制力が消えたのでしょう」
「君は?」
「ホタルです。舞の下僕です」
「えっ、違うよ。違うからね!」
表情を全く変えずにホタルがそんなことを言ったので父親と司が何とも言えない目で舞を見つめたのに気付いた舞が魔法の手をぶんぶんと横に振ってそれを否定する。それに合わせて舞の豆腐ボディもプルプルと震えていた。そんな舞の姿にホタルが少し表情を緩める。
「冗談です。本当は性奴隷です」
「ホタルー!」
「キャー、マイニ オソワレテ ニンシンシチャウ」
「女同士でどうやって妊娠するの!?」
「いや、突っ込む場所が違うだろ。まぁ、あいつらは放っておけ。俺はノーフォリア・キシュレハウザーだ。あいつらにはノーフと呼ばれている」
ばたばたと追いかけっこを始めたホタルと舞をよそに2人の前にノーフが進み出て挨拶をする。悪魔が1番常識的という状況に少し驚きながらも父親と司がノーフの差し出してきた手を順に握り返す。
「舞の父親の東風 修だ。舞が世話になっている」
「弟の司です。いろいろごめんなさい。俺の事もそうだけど、姉ちゃんもいろいろしてるだろ。多分ノーフって名前も決めたの姉ちゃんだよな」
「あぁ、まあそうだ。まあそこまで迷惑はかけら……」
ノーフの言葉を遮るようにホタルがその場に現れ、そして一瞬止まるとすぐに何かを避けるように横移動した。
「豆腐キーック!」
「ふっ、舞。その程度ではボクシングの世界チャンプなど夢のまた夢ですよ」
「「「……」」」
ペチャっと言う音を立てて舞の体がノーフの顔へと張りつく。気まずい沈黙がノーフたち3人の間で流れた。そして無言のまま顔に張りついている舞と瞬時に逃げ出そうとしたホタルをあっさりとノーフが捕まえる。そして頭を持ってギリギリと力を入れ始めた。
「前言撤回だ。こいつらは迷惑しかかけん」
「いたたたたた。ごめん、ごめんって、ノーフ。ちょっと狙いがずれただけ、いたたたたー!」
「ふぅ、ノーフもあの程度のキックを避けられないとは、レスリングのチャンプには程遠い、うぅううううー!」
そんな3人の様子に修と司はあぁ、やっぱり苦労を掛けていそうだとノーフに申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだった。
修と司の手前、軽いお仕置きで済ませたノーフのおかげで2人は気絶することは無かった。お仕置きを終えたノーフに修と司がぺこぺこと頭を下げている。そんな2人の様子を見ながら舞はノーフの手形に凹んでしまった部分をさすっていた。
「とりあえず今後の事だ」
2人に謝られて居心地の悪そうだったノーフが流れをぶった切るために少し大きな声を上げる。全員の視線がノーフへと集まった。
「問題は舞の事を他の奴へ伝えるかどうかだ」
「えっ、別にいいんじゃないの?だって絵麻さんとかいつもいるんだし隠そうとしてもボロが出ると思うよ」
「俺は反対だな。姉ちゃんのことが人にばれたら研究者とか取材とかがどっと押し寄せそうだし。姉ちゃんまで見世物にしたくない。姉ちゃん、協力を頼まれたら断れないだろ?」
「う、うん。……違うよ、ちゃんと嫌なことは嫌って言うし」
「無理ですね」
ホタルの言葉に舞以外の全員がうんうんとうなずく。舞が1人抗議し続けているが周囲の反応を見ればどちらが正解かは言わずもがなだった。
「じゃあ当面は秘密だな。まあ今のところ外部の奴は絵麻しかいないからあいつが居る時にこなければ大丈夫だろ」
「当面はその方針か」
舞の意見不在で話が進んでいく。舞はちょっと不服に思いながらも皆が自分のためを思って意見を出してくれていることもわかっていたので複雑な気持ちだった。そして今後の外部との話が終わったところで満を持して舞が手を上げる。
「はい。台所とかって使っても大丈夫? ダンジョンだとさすがに材料も限られているから作れる料理も限られちゃうし、どうせ作るならお父さんや司の分も作ろうかなって思うんだけど」
「そうしてくれれば嬉しいけど、いいのか?」
司がノーフを見ながら聞く。ダンジョンで一番偉いはずのダンジョンマスターである舞に聞かないあたり、家族としてしっかりと認識している証拠だ。ノーフは少し考え、そしてゆっくりとうなずいた。
「まあ家の中なら問題あるまい。外部には警備している人間がいると言うことだしな」
「わーい、ノーフ。ありがとう。これでちゃんとした料理が作れるよ」
「楽しみですね、舞」
「うん」
お前が楽しみなのは料理を食べることだろうが、とノーフは思ったがあえて突っ込まなかった。ちゃんとした設備で料理することになればコンロ代わりに扱われることも無くなることがわかっていたからだ。
「とりあえずこの程度か?」
「うむ。そろそろ豆腐を仕込む時間だ」
「じゃあ、俺は部屋に帰って寝てくる」
そう言って帰ろうとした司の肩を舞の魔法の手ががしっと掴む。
「あっ、ちょっと待ちなさい、司。話があります。何で髪なんて染めてるの! そんな子に育てた覚えは私はないよ!」
「いや、姉ちゃんが死んでからいろいろあって……」
「しかしもかかしもないんだよ。東風家の家訓として豆腐のように真っ白な人生を……」
「いや、それ初耳だけど」
「黙って聞く!」
「はいっ!」
反射的に正座に移行した司の前で豆腐の舞が説教をしていく。修はそんな2人の姿を微笑ましそうに眺め、そして豆腐を仕込むために梯子を上って行った。舞の説教はホタルがお腹が空いたから朝ご飯を用意して欲しいと舞にお願いするまで延々と続いたのだった。
「あー、やっぱりお父さんの豆腐は違うね」
「おひひいへふ」
「ホタル、口に物を入れながらしゃべっちゃ駄目だよ」
懐かしい台所で父親の豆腐を使って作られた朝ご飯を食べながら全員で談笑する。修と司は久しぶりの舞の味付けに嬉しそうにしているし、ノーフとホタルも満足そうに朝食を食べている。豆腐以外の材料もあるしっかりとした朝食だった。
「そういえばお父さん。お店はいいの?」
「うむ。人が来たら行くから問題ない」
「そっか」
舞が笑う。一家、一ダンジョン団欒の朝食は誰もがとても美味しく感じられた。
まだだ、まだ終わらんよ!




