第24話:いろいろ試す
ノーフとホタルが話している内容は呆然としている舞の耳にも届いていた。せっかく家族と会うことが出来たのに話すことも出来なければ、手紙などで思いを伝えることさえ出来ない。それは家族と会えることを楽しみにしていた舞を凹ませるのに十分すぎる事実だった。ノーフとホタルが神を憎む気持ちが少しだけ舞もわかってしまった。
でも舞は神を恨み切れなかった。
舞はあの日ダンジョンに落ちてそのまま死んでしまうところだった。もう二度と父親や弟の司と会う事さえ出来なかったはずなのにどんな形であれまた会うことが出来たのは神が舞を豆腐として生まれ変わらせてくれたからだ。まあ舞が死んでしまう原因を作ったのも神であるわけだがそこまで舞は考えなかった。今はそれよりも先に考えることが出来たからだ。
「豆腐メンタル、豆腐メンタル。うん、大丈夫」
「舞?」
「大丈夫なのか、お前?」
「うん、ほらこの通り」
心配そうに見つめる2人に舞はぴょんぴょんと飛び跳ねて精一杯元気アピールをする。確かに落ち込む気持ちがないと言えば嘘になってしまうが、自分のことでノーフやホタルを心配させてしまう事よりもそれは大きくなかった。
「それより、まずどこまでできるか試してみよう」
「はあ?」
「だってまだ何がダメなのか試してないんだよ。話せないのはわかったからノーフの言う通り次は手紙かな」
さっそく絵麻が置いていったボールペンとメモ帳に向かって行く舞をノーフとホタルがポカンとした顔で見つめる。舞が魔法の手でボールペンを掴み何とか書こうと悪戦苦闘しているがボールペンは一向にメモ帳までたどり着かず、その1センチほど上で止まってしまっていた。
「うーん、やっぱりだめか。ねえねえ、3人で押したらどうにかならないかな?」
救いを求めて振り返った舞へと2人が近づく。
「舞、こんな仕打ちをされて神が憎くないのですか?」
「えっ。うーん、憎くはないかなぁ。そりゃあもちろん話せないのはすごくがっかりしたけど、会えただけでも嬉しかったし。それに神様から私のことを家族に教えちゃダメって言われてないんだから気づいてもらえるように努力すればいいだけだよね。お父さんと司ならきっと気づいてくれるよ」
そう言って舞はにかっと笑った。豆腐なのでそれは表面上ほとんどわからないような変化でしかなかったがホタルとノーフは確かに舞が笑ったことがわかった。そう自然に思わせるほど舞の声は前向きで恨みなど一切感じさせなかった。
「ふっ、舞は鋼の心をしているな」
「ううん、私は豆腐メン……」
ノーフが舞を眩しいものを見るかのように見つめ、そして優しく微笑む。皮肉気に笑うことはあってもこんなに慈しみを含んだノーフの笑顔を見たことがなかった舞とホタルが思わず固まる。
「ねえ、私のこと名前で呼んでくれたよね!」
「いやっ、それは……」
「確かに聞きました。舞、これがデレと言うやつなのですね。俺は認めたやつしか名前は呼ばんとか言っておいて案外ノーフもチョロかったようです。こういうのをチョロインと言うのでしたか?」
「えっ、何それ?」
「神の知識の中に簡単に主人公に惚れるヒロインのことをチョロインと言うという知識があったのですが舞は知りませんか?」
「うーん、知らないなぁ。でもノーフは男だからヒロインじゃないよね」
「チョロイのは否定しないのですね、舞」
「いやっ、そう言う訳じゃないんだけど……」
ガシッと掴む大きな手に舞の言葉は強制的に止められた。言わずもがないつもの奴だ。2階層にいつもの2人の悲鳴が響き渡った。
ノーフも思うところがあったのかいつものように気絶するまでと言うことは無くお仕置きも終わり、舞は何とか伝えることが出来ないかといろいろ試していたが結果は思わしくなかった。文字を書こうとしても書けない。彫ろうとしてもだめ。豆腐を並べて伝えようとすればなぜか滑り落ちる。どうしようもなかった。
「うーん、直接伝えるのは無理っぽいね」
「そうですね」
「となると間接的に私と気づいてもらえることかー。うーん、姿が人間だったらいろいろできると思うんだけどさすがに豆腐だとね」
舞が頭を悩ませる。ホタルやノーフに代筆してもらおうともしたのだがそれも無理だったのだ。案外神の力は偉大なんだなとそんなことを思い知っていた。
「お前がいつもしていたことで良いんじゃないのか?」
「……」
「おいっ、無視すんな」
ノーフの言葉はしっかりと聞こえていた。しかし舞は全く反応しなかった。既に何度かこのやり取りは繰り返していた。そして舞はこのことに関しては一歩も引くつもりは無かった。
「……」
「……」
「舞」
「そうだね。うーんいつもしていたことかぁ」
ノーフが盛大なため息を吐くなか、名前を呼ばれた舞が上機嫌であっさりと言葉を返し考え始める。舞がしていたのは朝の手伝いから始まって家事全般だ。料理、洗濯、掃除その範囲は広い。しかしその中でも気づいてもらえそうな物となると現状取れる手段は1つしかなかった。
「やっぱり料理かな。うん、料理してみよう」
そう決めると舞は料理に取り掛かる。実際豆腐料理は飽きないけれど飽きるほど毎日作り続けてきたのだ。材料は限られてしまっているがその味付けは舞独自のものである。気づいてもらえる可能性は高い。そう結論付けた。
少し心配しながらも舞が料理を続ける。特に料理を振る舞うことは神の邪魔をされないようで問題なく調理が進んでいく。そのことにほっとする舞だったが途中で重大な事実に気づいた。
「しまった。豆腐が良くない豆腐だから気づかないかも。いつもはお父さんの作った美味しい豆腐だったし」
「上から取ってきましょうか?」
「うーん、今はいいや。気づいてもらえなかったら絵麻さんに買って来てもらおう。とりあえずこんな失敗作みたいな豆腐で作ってますよって最初に食べてもらえば味に集中してくれるかもしれないし」
気をとり直し舞が料理を続けていく。もしかしたら気づいてくれるかもと考えると少しずつ楽しくなってきて自然と舞は鼻歌を歌っていた。そんな舞の様子をノーフとホタルは微笑ましそうに眺めている。
「よし、完成!」
「舞。気づいてもらえると良いですね」
「その前にあそこに今もいるといいけどな」
「「あっ」」
ノーフに言われて初めて気づいたが伝える手段を探したり、料理を作っていたので既に1時間以上が経過していた。司を見張っている者がいない現在、逃げるには十分すぎる時間だ。
「急ごう!」
舞が料理を持ち、ホタルがぬか床を持って司の元へと急いで向かった。もう居ないかという心配をよそにそこには司が赤くなった頬をさすりながら待っていた。そして舞たちを見つけると仏頂面で立ち上がり歩み寄る。
(良かった)
「ぬか床返してくれるんだろ。早く返せよ」
安堵する舞には目もくれず、司の視線はぬか床を持ったホタルに釘付けだった。その視線を遮るようにノーフがぬっと横から入り込む。
「ぬか床は返してやる。ただその前にこれを食べてもらおう」
ノーフが舞が持ってきた豆腐料理を指し示した。豆腐が豆腐料理を持ってくるという異常な状況に司も言葉が出ない。
「私達のマスターからのお詫びです」
(そうだよ。豆腐はイマイチだけど美味しいはずだよ)
舞が一生懸命に体を動かしてアピールするが司の表情は悪くなるばかりだ。自分で動く豆腐がお詫びとして出してきた豆腐料理だ。怪しいことこの上ない。
司は迷っていた。しばらくの間考え込み、そして力強い瞳で3人を見た。
「食べれば返してくれるんだな」
「もちろんだ。約束は守る」
「大丈夫です。毒なんて入っていません」
(ちょっとホタル、余計なこと言わなくていいから!)
毒と言った途端、あからさまに司が警戒を深めたのを見て舞がホタルをペシペシと叩く。しかしホタルは全く気にしていないようだった。
司が意を決して箸を手に取り料理へと向けようとしたところでホタルが付け加える。
「まずはこちらを食べてください」
「あっ、ああ」
ホタルに言われるがまま司が何の味付けもしていない壁豆腐を口に含み咀嚼を始める。これで不味い豆腐だとわかってもらえたしいよいよだ、と舞が意気込む。
しかしそれを食べていた司の瞳からダラダラと涙が流れ始め、それを見た舞はそんな意気込みなどどこかに吹っ飛んでしまった。
(あれっ、そんなに不味かった? ごめんね、司)
バタバタとなんとか司を慰めようとする舞に司の視線が向いた。
「姉ちゃんの豆腐だ。もしかして姉ちゃんなのか?」
その言葉に3人は驚きで全く反応できなかった。
シリアスさんかろうじて生きています?




